2ヶ月目に被災地釜石へ・・・

予定が変更になって1日あいた。かねがね行かなきゃーと思っていた釜石へ。急きょ妹宅目指して夫と2人で車を走らせる。途中、休憩をかねて産直へ寄りながら・・・時間がかかった。

妹宅で大震災の日のことを聞いているうちにサイレンがけたたましく鳴り渡った。午後2時46分。2ヶ月目の11日だーみんなで手を合わせる。

中妻で津波の被災を免れた日本共産党東部地区委員会にささやかに差し入れを持ちながら、知人の消息を聞く。党員の方々が青空市の準備で忙しくしていた。
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妹に釜石の中でも被害がひどかった鵜住居に案内してもらった。テレビで見てはいても、話には聞いていても被災地はひどいものだった。この地で多くの方々が犠牲になったと思うと見ていられない・・・鵜住居で被災したMさんの「何にも無くなった・・・戦争と同じダー」という言葉が思い出された。
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防波堤も役に立った!たたなかった!と論議があるが、ずたずただった。
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市内の商店街も歩道がいまだに瓦礫の山だった。「どこも綺麗になった。道路が広くなった」と妹が言う。

復興は長い期間かかるだろう・・・被災者に気持ちを寄せて、長く続けなければーとあらためて支援について考えさせられた。
by yoko1939 | 2011-05-11 16:40 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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