鶴彬の命日に墓前で秋のつどい

9月14日は反戦川柳作家鶴彬(つるあきら)の73回目の命日。
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「鶴彬を語る盛岡の会」の呼びかけで「鶴彬(本名 喜多一二)が眠る盛岡市名須川町の光照寺にある喜多家の墓前で秋のつどいが行われ、20人のファンが集い、線香を手向け手をあわせた。
年金者組合の川柳の会の会員が「来来方に反戦の魂今優し」「反戦の墓前で極意訊きそびれ」の2句を墓前に献句した。


鶴彬は、石川県高松町で生まれた、鶴彬は19歳で反戦運動に加わり、投獄されてもなお反戦川柳を発表し続け2回目の投獄で赤痢で29歳で獄中死した。盛岡にいたお兄さんが引き取って喜多家の墓に葬ったという。鶴彬の遺骨をお墓に葬る時は特高警察が監視していたという。

代表作の「手と足をもいだ丸太にしてかへし」の碑が盛岡市松園寺の境内にある。

鶴彬のお兄孝雄さんの未亡人喜多多鶴さんが今年3月7日93歳で亡くなられ、喜多家は孝雄さんの次男の夫人喜多ふみさんが守っている。
by yoko1939 | 2011-09-14 22:00 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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