悲報続き 斉藤正子さん 中里長門さん そして・・小野寺永子さん

6日県議選でがんばっている最中に小野寺永子さんの訃報が届いた。前日の夜も選対会議に出席し高田一郎さん当選のため奮闘していたというから、突然のことだったらしい。ショックだった。
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お別れ会は、「簡素に」という本人の意向にそって、お花いっぱいの祭壇に笑顔の遺影の前で、弔辞が奉読された。無認可保育所を立ち上げ、認可保育所にし、現在理事長をしている。新婦人の会でも長年活動し現在一関支部長。そして一関市議会議員4期の実績などすばらしい活躍だった。いまだ現役でバリバリとみんなを励まし先頭に立ってがんばっていたのだ。

「スーパーウーマンのおばあちゃんが好きでした」「平泉に、高田に・・連れて行ってもらった」子供たちの幸せのため一生をささげた永子さんにふさわしい2人のお孫さんのお別れの言葉が心に残った。

そして何よりの弔辞は「県議に当選できました」との高田一郎さんの当選報告。祭壇の永子さんがいっそう笑顔になった。永子さん!当選の姿見せたかったなー見たかったよネ・・・・・

長年、新婦人の会の活動や同じ時期に市議会議員としてともに歩んできた。演説上手な永子さんは選挙では引っ張りだこで私も市議選で応援してもらっていた。2回目の選挙のときにもきてくれたが落選・・・4日後に便箋6枚にぎっしりの激励の手紙をもらっていたことを思い出した。

大切にとっておいた手紙を引っ張り出した。選挙の恐ろしさと「明日は新たな陽が昇る」の心意気で、へこたれるな!と書いていた。永子さんありがとう・・・75歳のお別れは早すぎるよ・・・

ふりかえってみたら・・・丁度1ヶ月前の8月6日、元釜石市議の斉藤正子さんがなくなった。75歳だった。新婚旅行が新婦人の結成大会だった・・といい、現在釜石支部長だった。新婦人の県本部事務局長時代には度々釜石にお邪魔したり、新婦人岩手県本部代表委員を一緒に務めた時期もあり女性の願い実現のため苦楽をともにしてきた。釜石市議会議員となって5期。同じ道を歩んだ先輩として多くのことを学んだ。
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そしてもう一人・・・中里長門さん。前陸前高田市長64歳。最後にあった6月29日。陸前高田市青空市へ支援物資を届ける途中お寄りしたいと電話したら「歓迎します」といってくれた。具合悪そうだった。
陸前高田市議会議員を4期務め、2003年多くの市民、議員から押され市長選に無所属で立候補し、現職市長を破って当選。「共産党員市長誕生!」に大きな励ましを受け元気をもらって、5期目の市議選に挑戦して当選を果たした。この年の後援会行事は陸前高田市の喧嘩七夕を見に行った。昼食会場に忙しい中、軽トラで駆けつけて挨拶してくれた。心優しい政治家だった。大震災はショックだっただろうナー

この1ヶ月で同じ時期に市議の活動をともにした3人を見送った。寂しい・・・
でも社会進歩の道はまだまだ。3人の分までがんばるからネ。
by yoko1939 | 2011-09-18 09:07 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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