陸前高田支援・米崎中学校仮設住宅へ・復興への一歩


 1ヶ月1回の支援が、選挙で大幅に遅れたが、今回も多くの方々から支援物資が寄せられた。軽トラ1台分の物資を寄せてくれた方が2人もあった。冬を控えて毛布や布団、ストーブやコタツなどもたくさん寄せられた。青山町のYさんは83歳の一人暮らしだが、車1台ぎっしり寄せてくれた。毎回協力していただいている近所の方は「押入れが空っぽになった」と言っていた。ほとんど新品を出してくださっていた。
いつもながらみなさんの善意に励まされ、支援を続けるエネルギーとなる。ありがとう・・・

これまで支援物資を届けていた陸前高田の青空市は今月で閉じられ、別な形で被災者支援を行うという。
今回は米崎中学校の仮設住宅に入居している日本共産党の陸前高田市議の大坪涼子さんのお世話でこの仮設住宅へお邪魔した。

いつもお借りする軽トラでは積みきれず、ひとまわり大きなトラックと乗用車で今回は仙北後援会のみなさんと一緒、トラックは鈴木努盛岡市議が運転。
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260世帯490人が入居しているという仮設住宅の目の前が校舎となっているのに学校は静かだ(右側が米崎中学校校舎)。聞くとー津波は大丈夫だったが地震で耐震工事をしなければ使えず、米崎小学校で授業をしているという。こんな被害もあったんだー。
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自治会ができて13班に編成されているという。荷物が着くとすぐに班長さんたちが飛んできてくれ荷物下ろし、並べて、片付けまで全部やってくれた。大変だけど一歩前へ歩み始めている力強さを感じた。

いろんな情報が乱れ飛び「被災地では物はいらなくなった」などと言われているが、持っていったものほとんどが引き取られた。良かった。特に寝具類が一番早くなくなった。
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支援物資の中におもちゃのベビーカーと人形が入っていて、受け取った子どもが本当にうれしそうに押して歩きみなさんに披露していた。みんなが「良かったね」と笑顔だった。なんともほほえましい光景だった。
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大坪議員の仮設住宅を見せていただいた。2人暮らしで4.5畳2部屋、玄関兼台所、トイレと風呂は付いているがとにかく狭い。隣の声も筒抜け、柱が鉄筋のため夏は暑く、冬は寒いという。大阪から来た日本共産党のボランティアさんが材料費だけで棚を取り付けてくれ喜ばれているという。

大坪議員は3月11日議会中に地震で急いで家に帰ったところに津波に襲われ何も持たずにサンダルで逃げたという。家を流され避難所生活をしていた間、避難所の責任者としてがんばってきた。今は亡き中里長門前市長が訪ねてきて「避難所はここだけではない議員としてがんばれ」と激励を受けたという。本当につらい体験をしたんだよね。今後も支援を続ける約束をしてお別れしてきた。
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今回も、市役所の玄関にある祭壇に手を合わせてきた。手を合わせる人が増えているのだろうお花が沢山捧げられていた。

まだ見つからない犠牲者も沢山いるんだ。周囲のガレキは少しずつ片付いているようだがガレキの山はなかなか低くならない。仮設のお店も増えてきているが復興はまだ遠い先と思わせられる。
by yoko1939 | 2011-11-14 21:27 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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