免許更新と江戸時代の洋学校「日新堂」遺跡

もうすぐ誕生日。5年ぶりの運転免許更新だ。今回初めての連絡で、70歳以上の人は高齢者講習会を受けなければならない。講習会実施の自動車学校一覧を見て「岩手自動車学校」に電話。受付の女性が「お近くにも学校がありますけど良いですか?」と親切だった。

なぜ選んだか?それは江戸時代に時代を切り開く洋学校がこの自動車学校付近にあることは聞いていたがなかなか行く機会がなかった。チャンス!なのだ。

1時間は講義、2時間目が検査、3時間目が実技だった。運転適性結果は「同年代との比較」で「ややすぐれている」だった。ヤッホーいいぞーと思ったら・・・目がまるで駄目!夜間視力が「劣ってる」、眩光下視力と動体視力はやや劣っているだった。やっぱり・・・年相応なんだー。注意して運転しなきゃーと再認識。そういう意味では高齢者講習会も良しということだと変に納得だった。
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とにかく3時間の緊張から解放されて、事務所の方から聞いて「日新堂」跡地を見に行った。岩手県医師会が建立した碑がたっていた。住所は盛岡市高崩、たしか20軒くらいの戸数だったと記憶しているが・・・市がよくこの町名を残したものだといつも感心していた。
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国道4号線を南下してきて南大橋の手前の岩手自動車学校の入り口にある。ちょっと可愛そうなところに建っており先人に申し訳ない気がした。

碑の貴重なことは「日新堂」についてわかりやすく解説していることだった。

         日新堂遺跡

 ここ新山館の地は、藩政時代に洋学校日新堂が創設された洋学校発祥の地である。
 文久元年盛岡藩の洋学研究の同志は盟約を結び、洋学を開いて、物理・化学・医学・物産学等を講習し、大いに国産開発の事業を興そうと計り、学館創立を藩に請願した。藩主南部利剛は、新山館に敷地1万坪を貸与してその計画を援助して、文久3年5月学館が竣工して日新堂と号した。
 日新堂は、大島高任、八角宗律を総督とし、洋学読法より始めて洋学諸学術を伝習し、薬用植物の栽培・種痘の施行・鉱石の分析・製錬工作等の事業を開き、西洋医学と科学技術の開発に画期的な業績を挙げた。
 しかるに惜しいかな戊辰の戦乱に際し、兵器製造所にみなされ、明治維新に至り遂に廃絶に帰した。

                     昭和60年6月30日
                         岩手県医師会


世の中、いつの時代も新しい時代を切り開こうとするものに圧力がかかるものらしい。日新堂は、たった5年間存在しただけだが、この学校から世の中にすばらしい人材を輩出しているというが、学校の資料はほとんど残っていないという。圧力を恐れて処分されたのだろうか?・・・

免許更新のおかげで良い経験をさせてもらった。今日無事に新しい免許証になった。5年前と比べてスムースで20分しかかからなかった。
by yoko1939 | 2012-06-12 12:44 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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