盛岡城を造った人々を思う散歩・・また楽し

いつももっと早く出かけていたが寒さがやっと和らぎ出かけた。岩手公園のまんさくは満開だった。
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吉田松陰の追っかけしているうちに、南部藩の歴史をちょっぴりかじり盛岡城の歴史にぶつかった。

 盛岡城は、南部信直、利直、重直の三代の城主にわたる難事業で四十年を費やし一六三三年(寛永十年)に完成している。
 築城工事に動員された人夫は日々2000人以上だったというから想像を超える。

 雪博士の高橋喜平さんは著書「岩手公園の四季」で「わたくしの頭を去来するものは、数多くの人々への思いである」とひどい苦役を強いられた人々へ思いを馳せ、「石垣にはそんな人たちの怨念がひそんでいただろう。長い年月がそれを流し夢とロマンをかきたてる」と見事な石垣を造った石工の技術をほめたたえている。

 良質な花崗岩を使った美しい石垣は高い評価を受け、盛岡城は、白河城、弘前城と並び東北の三大城跡といわれている。

 桜山神社の右側と菜園側のトイレの後ろの石垣に、築城の奉行の名前が刻まれているのも興味深い。下の橋教会の後ろには南部盛岡藩の彦お蔵がある。

 明治維新で政府に建物は壊されたが、国から南部家が4000円で払い下げられたものを、県が譲り受け、明治三九年に岩手公園が完成し、盛岡市に昭和九年移管となった。

盛岡城を造った人々を思いながら歩くのもまた楽しい散歩だ。 
 
by yoko1939 | 2013-03-26 19:52 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)