気になるカレンダー 盛岡暦

明治生まれで髪結をしていた祖母は文盲で、めくら暦を毎年売人から手に入れていた。台所に板塀にご飯粒で貼り付けるのが孫の役目だった。前年の暦の上に貼るものだから厚紙になっていた。

面白い絵だな~とは思っていたが読めるはずはなく、いつかは読めるようになりたいものだ・・・と思いながらこの年になった。
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年末に県立博物館で「はじめての盛岡暦」~南部絵暦・盛岡暦を読む~の講座があり、飛びついた。講師は学芸員の瀬川修さんで、いくらか理解できるようになってかわとく壱番館で今年のめくら暦を購入した。

勉強したことと、解説をみながら苦闘しながら、いくらか読み解いた。
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塀があり、男が井形を背負っている絵で「平成」。重箱が二つとすごろくが6つで「26年」馬の絵が「午年」。
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右が木と剣の絵で「紀元」、カンナの一種でせんが2本で「2千」、銭600文と重箱7つ、サイコロ4つで「674年」紀元2674年。明治5年に紀元が制定され、明治中期から描かれるようになったらしく、時代の背景が読み取れる。

真ん中の絵は、歳徳神で、その年の大吉の方向を指すもので、寅卯の間で東北東ということになる。

左の絵は、葉と旗の「ちち(旗竿に取り付ける部分)」と馬で「初午」、サイコロに目が2つで「2月」、重箱1つと、二で「12日」(旧暦なので現3月12日)。
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右から鉢・重箱・鉢・矢の絵で「八十八夜」4月4日(現5月2日)、
左に進み次が、泥棒が荷を奪う絵で「入梅」5月14日(現6月11日)、
次が、芥子の花に濁点で「夏至」5月24日(現6月21日)、
次が、はげ生頭の絵で「半夏生(はんげしょう)」が6月6日(現7月2日)で、田植えの終りの目安とされた。

次が、麩が4つで「伏」、初伏6月22日(現7月18日)、中伏7月2日(現7月28日)、末伏7月12日(現8月7日)夏の暑さに負け体調を崩しやすいので注意するように・・・
次が、銭200文で「二百」、砥石と蚊の絵で「十日」8月8日(現9月1日)

なかなか面白い!

盛岡暦の現存最古のものは天保13(1842)年で、作者は御印判師の舞田理作・喜作ほかとなっており、貼暦で売り暦だった。
それをさかのぼり天明3(1783)年、田山暦(現八幡平市田山)で手書きで折りたたみの現存最古の絵暦がある。この田山暦の影響受けて盛岡暦が出来たという。

今年の南部めくら暦の解説の冒頭で次のように書かれている。
「南部めくら暦」は古くはただの「めくら暦」とか「座頭暦」と呼ばれていました。この「めくら」は「明めくら」つまり文盲のことで、文字を読めない人のための暦という意味です。最近では「めくら」の語を差別用語とする人がいますが、めくら暦は文字を読めない人にも恩恵を分け与えようという、温かい気持ちから考案されたことに思いを致し、また200年にもわたって愛用された名称ですから、この郷土の文化財を大切に守って行きたいものです」

さてさて、祖母はこのめくら暦を読み解いていたのか?今となっては聞きようがないのだ。
by yoko1939 | 2014-01-04 20:15 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)