治安維持法で拷問された13歳の少女の話

仙台に住む夫の同級生からうれしいお便りが届いた。

22日のしんぶん赤旗に鶴彬を顕彰する春のつどいが開かれ、私が「何も知らない13歳の少女が治安維持法で逮捕され拷問受けた。危険な動きをストップさせましょう」との訴えた記事が掲載されそれを見て激励の手紙だった。

戦争する国にまい進する政治をストップさせるためにも、歴史を正しく学ばなければと思うこのごろだが、治安維持法で犠牲になった人々に国家で賠償すべきと頑張っている団体ー治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟の機関紙「不屈」岩手版の3月号に掲載された、13歳の少女の話を再掲させてもらう。

与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を読んでー
`茶わんいじほう‘で拷問された13歳の少女ー
                     主婦   石塚シズカ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「証言 特高警察」新日本新書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私はなにもしていません。本当に何もしとらん。なのに特高は私に「非国民」「国賊」「治安維持法違反」「アカ」「うじ虫」・・・と数えきれないほどのレッテルをはった。

当時13歳だった私に、いったい何をやれるというのか。私はものを考える能力もなく、腹を減らして、腹いっぱい食べた夢を見るだけの女の子だった。

「詩の一行の赤線が・・・」
昭和18年、製紙工場で働いていた私はたまたま数冊の本を買った。その中に与謝野晶子の「みだれ髪」(歌集)があった。これを寄宿舎の私物検査で特高に知られるところとなった。私はその本の中にあった晶子の詩「君死にたまふことなかれ」の一節に赤線を引いていた。

「君死にたまふことなかれ
すめらみことは、戦いに
おほみづからはい出ませぬ
かたみに人の血を流し
獣の道に死ねよとは
死ぬるを人のほまれとは
大みこころの深ければ
もとよりいかで思されん」

これが彼らの目には許されないものであったろう。

しかし私は、それが「ホッキン(発禁)」の本だとは知らなかったのである。捕まったときは「ホッキン」とはどんな字を書くのか、それさえも何も知らなかった。つまり、なあにも知らない女の子の見本だった。
「オイ ネエチャン。この本は誰にたのまれたのか。相手の名前をいえばすぐに帰してやる」と特高はいった。

「まだ生きているの声」
「自分のお金で買いました。誰にもたのまれません」と答えた瞬間、私の体は何メートルも先に吹っ飛んでいた。それから先はなぐるのけるのといったもんじゃない。生と死のギリギリいっぱいまでやられた。遠くのほうで「死んじゃおらんぞ。まだ生きとる。いまのうちに寄宿舎に引き取らせろ」という声が聞こえた。

1か月後、身体が動けるようになったら今度は憲兵隊へ呼ばれた。同じような責めを受けた。私の体は古ぞうきんのようになった。四つんばいの状態で帰された。

わずかの楽しみで読んだ本が反戦詩だったというだけで特高は私を引きすえて、半殺しにして、おまけに母も見張った。

何がなんだかわからんうちに、私は「チアンイジホウ」とかいうものにやられ、母は「コクゾク」を生んだ「ゲトウ」だといわれてどうしようにもなかった。

とにかくひどかった。霜の降るさむさのなかで特高に半殺しにされて、体が動けるようになったらレンゲ草が咲いていた。

終戦の日、喜びのあまり小川に飛び込んでころげまわったが、その時私の体には何条も何条もサビ色の筋が残っていた。どんなにひどい拷問だったかわかるでしょう。13歳の子どもが「チアンイジホウ」とかでやられ、それから2年半を経た15歳の夏にも、まだ体にサビ色の筋が残っていた。

そしていまでも私の右の小指は、ひょういと離れている。無理にくっつけるとブルブルと指全体が震える。

20歳でやっと初潮
渡しに初めて生理があったのは20歳の12月だった。こんなに発育が遅かったのは食糧難とあの特高の拷問のせいだろうと今でも思っている。

「チアンイジホウ」の言葉も文字も知らぬ私は、あろうことか「茶わんいじほうて何のこと」と泣いて寮長に聞いた。その言葉が幼くて哀れだと寮長も泣いた。
「天皇が1人えらくて、あとの国民はなんで民草という草にされるんやろう」と後日、寮長に聞いたら「何もいうな、人前でもいうな。黙っといてくれ。おれはお前を守ってやる術がない」といわれた。

あれから37年たって私はいま50歳、しかし、この年で考えても「なぜ捕まったのか」まだ意味がわからん。

2年前に死んだ私の母は「お前のおかげでひでえめにあった」と最後にいって死んだ。

 (山田善次郎著 「日本現代史のなかの救援活動」学習の友社より引用)

戦争反対といえば捕まって拷問され命を奪われた人もいる悪法「治安維持法」・・・何も知らない少女まで犠牲になっていた・・・・衝撃だった。こんなこと二度と繰り返してはならないのです。

いままた秘密保護法という憲法にも反する、危険な法律を数の力で決めた「戦争する国」づくりの政治にストップかけなきゃー
by yoko1939 | 2014-03-24 16:55 | 木木レポート | Comments(1)
Commented by エネルギー名無し at 2017-06-14 04:06 x
 初めまして。
もう自分達か「お仲間」がやりたい放題出来なくなるのでパヨク連中はテロ等準備罪成立が秒読み段階なので右往左往ですね。傍目には観てるだけで笑えますが。
 しかし、成立阻止の為には嘘や妄想撒き散らしても構わないと言うのはいただけませんな。特定秘密保護法の時は「オスプレイを撮影しただけでも逮捕される」なんて誇大妄想を撒き散らしてたのに「後始末」もされてないのですから。今回も反対派懲りずに同類のデマを撒き散らしましたね。その一方で便所の落書きレベルのデマでも無条件で飛びつく反対派も相変わらずですね(爆笑)。「拷問された13歳の少女」の話だって、特高警察から憲兵隊に引き渡されると言うのも爆笑モノですが極めつけは「みだれ髪」に「君死にたまふことなかれ」が収録されていると言う下り。法案反対の為には藁にも縋りたいのでしょうけど、こんな胡散臭いネタに飛びついて恥ずかしくないのでしょうかね。
 あ、パヨクって羞恥心の概念が皆無でしたっけ。テロ等準備罪の反対の根拠に上記の便所ネタを使いまわす輩が出てきてもおかしくないですね。
 


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