歴史てくてく③ 歴史の重み感じる大萱生金山

大萱生金山跡万寿坑跡の近くに大萱生館跡がある。これは源頼朝の藤原氏攻撃に参加した河村秀清が、軍功により斯波郡河東を与えられ、その一党大萱生氏の居城が築かれていた跡だ。
 この時代(一五〇〇年代)から金の採鉱が行われていたという。その廃坑が明治三六年に元山で発見され三九年に郡司半助が大萱生金山として創業。
e0122199_20551763.jpg

 その後二人の経営主が移り変わり、大正五年住友合資会社が鉱業主となり 元山より矢巾駅間に鉄索を架空し、小坂・日立鉱山に売鉱していたという
 現在残っている万寿坑は大正八年から掘進が進められ坑道は上大萱生元山の大生坑につながっている。万寿坑の役割は湧水の排水と金鉱の排出だったようだ。
 昭和九年には元山~萬寿坑~製錬所~矢巾駅を索道でつなぎ精化製錬・浮遊選鉱場などが稼動し、最盛期には四百数十人の従業員がおり盛況だったという。 昭和一八年国策により、戦争で全ての産業が軍需産業へ切り替えられ閉山となった。
 この地域の繁栄の歴史を思うと、静かな農村の原風景もまた違って見えてくる。
  (浦川陽子)
by yoko1939 | 2014-04-06 20:56 | 歴史てくてく | Comments(0)