歴史てくてく⑧歴史を物語る旧八幡町番屋

月十四日秋祭り九台の山車による八幡下りパレード。見る場所は毎年決まって八幡町番屋の向かい側で、番屋の望楼と山車をツーショットでカメラに収めている。

 十一年前、議員時代に「番屋を解体新築で地元と合意できている」というなか、保存せよの市民運動と一緒に議会で粘って闘い、望楼だけは保存出来たというこだわりの建物なのだ。
 関係者の話によれば、明治十七年の大火で消失後、八幡の芸子さんたちがお金を出し合って建てたもので二階には舞台がありお稽古の場になっていた。隣には函番があり三味線がずらりと並んでいたという、当時の歴史を物語る貴重な建物だった。 昭和五二年保存建造物指定の対象となり調査したが、所有者が死亡などで特定できず指定されなかった。
 その調査報告書によれば「一般民家の町屋で、道路面だけ南京下見張の外壁と洋風の建具を使い、望楼は明治初期の洋風解釈を思わせる意匠で和洋折衷の形態をとっている」と評価している。県内の四つの望楼付の番屋のうち和洋折衷の番屋は八幡だけだった。
e0122199_2140328.jpg

 盛岡市職労委員長として活躍し、画家だった故藤村鼎さんが「陽子の宅急便縮刷版」発行の時、その表紙絵に寄せていただ
by yoko1939 | 2014-04-06 21:40 | 歴史てくてく | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


by yoko1939
プロフィールを見る
画像一覧