歴史てくてく⑫旧仙北町は城下だった

四月十二、十三日に行われた、旧暦の雛祭りは今年初めて仙北町の「森とひなまつり」がデビューし、見学者が殺到した。
 徳清倉庫、平野家、金沢家を見た人たちからは「お家も、庭も、お雛さまも立派だった」と喜びの声が上がり、歴史のまち仙北町に光があたった二日間だった。
 仙北町は、第二十七代南部利直の代(1600年頃)に秋田の仙北郡から移住してきた商人や職人を住まわせたということから生まれた町名だという。
 奥州街道から盛岡の入り口にあたる要所にあったことから城外にありながら特別に城下とされ、城下の二十三町に属して町奉行の管下にあり、検断や肝入りが置かれていた。
 二十九代重信公時代には、北上川に舟を並べてその上に板を渡した「新山舟橋」ができた。川岸に沿って舟橋を管理する船頭たちが住んでいた町を「水主町(かこちょう)」と呼んでいた。川の中心で管理が分かれており、鉈屋町側にも水主町があった。
 三十六代利敬公時代に二十万石に加増され、城下二十三町から二十八町になり仙北町から青物町が枝分かれした。
 米商人、種物屋、造り酒屋、藁物屋など軒を連ねた商人の町で賑わいのある町だったという。
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 2007年までは仙北もこんなまちなみが残っていた。
 道路拡幅でまちなみは消えつつあるが、今回改築公開された徳清倉庫などの建物から当時の繁栄が偲ばれる。(浦川陽子)
by yoko1939 | 2014-06-06 22:52 | 歴史てくてく | Comments(0)


盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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