話す自由、遊ぶ自由、何もなくなる・・・それが戦争

 本宮と太田の地域を対象にしている「大宮憲法9条の会」が向中野公民館で
「戦争体験を聞く会」を開き約30人が参加した。
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 「私の被爆体験」と題して岩手県原水爆被害者団体協議会副会長の宮永龍馬

さんが15歳で広島から4キロ離れた江波町三菱重工広島造船所の建物の中で

被爆「製図のトレス工をしていたので製図版に向かっていたら製図版がものす

ごい光を放ち同時に熱風で6㍍も吹き飛ばされていた。気がついたら屋根は無

く、ガラスは粉々になって床に突き刺さって抜けなくて一歩も歩ける状態では

なかった。製図版と一緒に吹き飛ばされたので自分の身体にははみ出したとこ

ろだけに刺さっていたが、同僚には体中にガラスがつき刺さった人もいた。建

物の外で働いていた人が5千人ほどいたが、皮膚は焼けただれ『痛いよー熱い

よー水をくれー』といい、水を飲むとバタバタと死んでいった。それを海岸ま

で運んで重油で焼いた。広島が大変だと職場から派遣された。町中が人間の火

の海だった。川は死骸でいっぱいになっていた。それを海岸に運んだ。次の日

雨が降ったが黒い墨汁のような雨だった。それを受けた友人は1週間したら髪

がぬけだし、顔は緑色になって死んでいった。戦争を体験しなくても戦争はだ

めだと分かる人を増やさなければならない。「被爆者9条の会」をつくって全

世界に憲法9条を広める運動をしている。9条の会を広めてほしい」との生々

しい体験が話された。参加者の交流では鈴木努議員が「今日の話を聞いて戦争

はだめという思いを強くした。親も戦争体験者ではない。この話を多くの人に

伝えてほしい」と発言しました。宮永さんは現在77歳。「若い人に言っているが戦争は、話す自

由も遊ぶ自由もなくなってしまうと・・・あと10年はこの

真実を語り続けたい」と話し参加者からは大きな拍手が送られました。

●この日の新聞、テレビでは、久間防衛相が講演で米国の広島・長崎の原爆投

下について「しょうがないことだ。米国を恨むつもりは無い」と発言したとい

う報道した。なんということか!被爆者の気持ちも体験も分からない閣僚はや

めてもらうしかない!
by yoko1939 | 2007-07-01 23:54 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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