小さな集りで大きな収穫・・・憲法9条の思い

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とりょう憲法9条を守る会主催で第1回「憲法9条・思いを語る会」が中の橋町おでっての会議室で開かれた。2人を中心に参加者が思い思いに戦争体験などを通じて憲法9条の大切さを語った。



 戦没者遺族の小林正子さんの話は感動的だった。
 13歳年上のお兄さんが、20歳で昭和20年5月9日フィリピンのネグロス島で戦死し、家に届いた白木の小箱の中身は名前の書いた1枚の紙だけ。両親と一緒に涙した。

 昭和50年頃新聞の寄稿欄がきっかけで、ネグロス島の生還者と連絡取れ、日本、米国、フィリピンの三国の戦争犠牲者の慰霊碑の除幕式に参加。兄の名前を見つけ涙が止まらなかった。「お母ちゃん」と言って息を引き取ったと戦友が話してくれた。その時、この死を無駄にしてはならないと思った。

多くの戦争犠牲者の願いの上に制定され、平和を守ってきた憲法を変えようという動きに不安を感じる。憲法9条は20歳で命を奪われた兄からのメッセージだ。再び日本の青年が外国に送り出されることの無いよう、9条を守って生きたい。話が終わっても参加者の涙は止まらなかった。

 岩手日報元論説委員の黒沢奏さんの話に同感!
「最初に日教組の教研集会の会場が予約したにもかかわらず取り消して集会が中止になった。明らかに憲法違反であり、マスコミももっと大きく取り上げるべきだ。こんな状況は戦前に戻っている」と厳しく指摘した。

 そして大正15年生まれで昭和と共に生きてきたとことを話し「憲法9条をみて『これで戦争しなくて済む』と本当にうれしかった。同時に第14条で人間扱いされない女性が平等になったことがうれしかった。

 宮沢喜一さんが亡くなる1ヶ月前にNHKで『憲法9条は継続しなければ・・・』と言い『自分が死ぬことが無ければ何とでもいいますわナ』と言った。いま憲法を変えようとしている人たちは戦争になっても死ぬことのない人たちだ」と結んだ。
 小さな集りだが大きな収穫あったとても良い集りだった。
by yoko1939 | 2008-02-02 23:59 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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