雪の日・・・藤澤セツ子さんが逝く・・・

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天気予報がばっちり当たった。昨日1日で盛岡が14センチも積もったと言う。大根畑もこんなになっていた。大根とねぎを掘っておいて良かった・・・。

 今朝藤澤セツ子さんの娘さんから昨日午後11時53分に亡くなったの知らせがあった。
 1ヶ月間意識不明で入院していたが、ついに目を覚ますことがなかった。

 藤澤セツ子さんは、市議会議員を1971年から3期務め、その後私が引き継いだ。立候補した時は、「おなご(女)に何できる」と言われたとよく言っていた。女性の地位向上の役割を果たしてくれた。

 かぎっ子対策として自分の家を開放して仙北小学校の子どもたちのかぎっ子が放課後を過ごす施設、学童保育クラブ「バンビの家」を作った。その後、市がかぎっ子対策として児童館建設を始めた。青山地域は学童保育クラブをのこしたが藤澤さんは父母と話し合って「児童館に学童クラブを引き継いでもらう」という条件で「バンビの家」を廃止した。

 その歴史を受け継いでいる仙北児童館はいまだに子どもたちが学校からランドセルをしょったまま「ただいま」と帰れる施設になっている。100人を超す子どもたちが放課後を過ごしている。

 藤澤セツ子さんが築いてくれた基盤に乗らせてもらって1983年バトンを受け取って、一からいろんなことを教えてもらい、選挙の度に熱い支援をしてもらった。

 昨年の選挙で鈴木努議員にバトンを渡したとき孫議員の誕生を喜んでくれていた。

 日本共産党や女性運動の先頭に立って奮闘し続けた藤澤セツ子さん本当にご苦労様でした。
by yoko1939 | 2008-11-21 16:14 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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