真宗会館で憲法9条を守る集い・・・幼稚園時代を想う。

e0122199_15573293.jpg

憲法9条を守る仙北の会が主催する集いに参加。

 会場が東仙北にある岩手真宗会館だった。講師はここの館長であり、宗教者
9条フォーラムいわて事務局長の丸田善明さんが「平和な社会を希求して」との
テーマでの講演だった。

 丸田さんは教員を20年務めた後、大迫のお寺の住職になられた方。真宗
大谷派で、伝統仏教では戦争責任を最初に認めた宗派で、1995年6月13日
「前文略・・・私たちは、民俗・言語・文化・宗教の相違を超えて、戦争を許さない、
豊かで平和な国際社会の建設にむけて、すべての人々と歩みをともにすること
を誓うものであります」という不戦決議をしているという。

 9条の会の運動の幅の広さに感激した。

真宗大谷派は、親鸞の精神をはっきりさせるということで檀家に頼らない会員制
になっているという。1890年(明治23年)盛岡の六日町に説教所を設けたという。
e0122199_15583831.jpg
 幼い頃を思い出しちゃった。その場所にむつみ幼稚園があった。終戦を挟んで
通っていた。真宗会館には当時の建物の絵が飾ってあった。その後むつみ幼稚
園は300㍍はなれたところに引越した。


 確か吉田ふみ子先生とおっしゃったと記憶しているが、その先生が通るのを
毎朝玄関の前に腰掛て待っていて連れて行ってもらった。

 戦争中は着るものも質素が強制されみんな黒っぽい服装だったが、母が綺麗
な赤い色の布で木口の手提げ袋を作ってくれた。うれしくて幼稚園に下げていっ
たらなくなってしまった。下駄箱の後ろに隠されていたものを、先生たちが探し出
してくれた。それ以来その手提げは幼稚園に持っていかなくなった。

 なくなったときのショックが大きく赤い手提げと共に記憶に残っている。
いま思えば「贅沢は敵」という時代であり、赤い色は派手に見えたのだ。

 未だに忘れられない音なのだが、ある日B29のゴーオンオンという飛行機の音
にビックリして、幼稚園から逃げ帰ってきた。家の裏に掘ってあった小さな防空
壕に逃げ込む。気がついたら下駄が片方無い!母が探しに行ってくれたが見
つからなかった。

 幼い記憶が「戦争はいや」との思いを育ててくれたのだと思う。

 「憲法9条はすべての戦争犠牲者の遺言です」がサブタイトル。この思いを
多くの方々に伝えるためにも9条の会を大きく!!の思いを強くした集いだった。
by yoko1939 | 2008-12-06 15:54 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


by yoko1939
プロフィールを見る
画像一覧