昨日の自治会の行事を終えてほっとして眼鏡山へ・・・今日は本当に良い天気
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岩手山は勿論・・・
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駒ヶ岳もきれいだ。
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そしてその南には和賀連峰が・・・

歩いていると振袖を着た人に2人も会った。今日は成人式だという。「おめでとうございます」と声をかけた。はち切れそうな新成人。こちらまでうれしくなってくる。

でも・・・春のような澄み切った青空を見ながら思い浮かんだ。2,3日前のラジオで「昨年11月末で、東日本大震災により仮設住宅暮らしをしている人が、岩手・宮城・福島の3県で39,909人いるという。まもなく6年になろうとしているのに・・・

神戸の地震では5年目には仮設住宅暮らしは0人だったという。

いまだに不自由な暮らしを強いられている人たちがこんなにいるのだ。

それにしてもおかしいと思う。沖縄では日本政府が思いやり予算で米兵のための住宅を建ててやっている。基地内のプールまでついた立派な住宅を空き家にして基地外の立派な住宅に移住している。その理由が基地は門限があるから・・・だという。基地外の住宅も思いやり予算で建てやっている。

こんなこと許せる?!家があるのに・・・

被災地にこそ住宅を早く!新成人にもしっかりと目を向けてほしい。
by yoko1939 | 2017-01-10 23:30 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

盛岡ウオーキングクラブの「三陸の被災地を訪ねるウオーキング・大槌」に参加した。釜石を経由し大槌へ・・・バスからの大槌の町はがれきが無くなったが復興はまだまだというのが第一印象だった。
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大槌町は津波の後、火災がおき被害を大きくした。人的被害は、死者813人、421人、震災関連死51人、家屋被害は全壊・半壊4,167棟、一部損壊208棟、産業公共施設被害額が800億円近くに上る。
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旧大槌町役場前には、屋根のかかった献花台が設けられていた。花を手向け手を合わせた。この役場前で対策本部の会議をしていて町長はじめ40人の職員が犠牲になってしまったのだ・・と思うと胸がいっぱいになった。
庁舎の3階にいた現町長は「多くの仲間が流され命を失って行く中で、私だけが生き残ってしまったのです。本当に現実は過酷です。泣いてる暇もなく復旧対策に不眠不休であたった」(全国生活と健康を守る会集いの挨拶)
こんな思いがこもった旧役場は津波の恐ろしさを見て取ることができた。ぜひ保存してほしいと思った。
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ここから「ひょっこりひょうたん島」で有名になった蓬莱島まで復興工事で重機が動き、ダンプが行きかうなかをウオーキングした。

なんとヒョウタン島まで道路が通り歩いて行けた!でもーやっぱりヒョウタン島はぽっかりと海に浮いている方が似合うなー。
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「タウンマスト」までバスで戻り昼食後、釜石で活動しているという「釜石あの日あの時復興甚句つたえ隊のあの時の有様を甚句で伝える3作品を聞いた。こんなユニークな活動もあるのだと感動した。
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帰りのバスからは山田の被災地や、国道106号からは台風10号の被害状況が見えた。自然災害の恐ろしさを実感しながら帰途についた。

日頃、日常生活に追われ被災地に心が寄せられないでいた自分を取り戻すことが出来たウオーキングとなった。
by yoko1939 | 2016-10-06 21:02 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

第2回岩手の民俗芸能祭の第2部は「東日本大震災と沿岸芸能のこれから」とのテーマでシンポジウムが行われた。

パネリストに鵜住居虎舞代表の土澤豪紀さんが加わり話していた。メンバーのほとんどが被災し虎舞の道具も流されてしまったが、全国からの支援を受けて復活させることができた。被災したみなさんが少しでも元気になってもらいたいと活動し喜ばれているという。

メンバーのほとんどが仮設住宅暮らしだという。虎舞は見ているほうがパワーをもらったが、いろんな困難を乗り越えながらの活動だろう。

パネリストの方々からは、民俗芸能でみんなの気持ちが一つにまとまり復興に向かってもらいたいという熱い気持ちが伝わってきた。
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鵜住居虎舞は昨年の民俗芸能祭にも出演しており、シンポジウムで岩鼻さんは津波で娘さんとお母さんを失くしたこと。お父さんの笛のよき理解者だった娘の美沙紀さんに笛を聞かせたいとの思いで、お祭り囃の笛を供養の笛に変えて虎舞の笛を吹き始めたことが紹介された。

大震災2年目の次の日、12日のNHKニュースウオッチ9で岩鼻さんのことが詳しく報道された。高校1年生だった高校の卒業式に招かれた岩鼻さんご夫妻の姿が映り、その前で美沙紀さんの名前が呼ばれクラスメイト全員が「ハイ」と返事。クラスメイトたちがそろって美沙紀さん卒業させてくれたんだ・・・感動的な卒業式だった。

思い出しながら力強く舞う虎舞を見せてもらった。昨年の舞と違って見えた・・・
by yoko1939 | 2013-03-17 20:53 | 東日本大震災関連 | Comments(2)

第2回岩手の民俗芸能祭が盛岡市都南文化会館キャラホールで行われた。
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布佐神楽・・・岩手県指定無形民俗文化財で一関市川崎区門崎字布佐に伝承するもので今回の演目は神舞といわれる御神楽の「岩戸開き」。
50戸足らずの布佐集落で伝承され、南部神楽の演目など復活させているという。5月末の熊野神社のお祭りをはじめ門崎地区のお祭りに奉納されているという。 宮城県内にも南部神楽が伝承されているというが・・・はて南部神楽とは?興味を持った。
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臼澤鹿子踊・・・大槌町小槌字臼澤に伝承されているもので、カンナガラのししで、子どもたちが活躍していてなんとも可愛い。演目は43種類が伝わっているという。上演演目は祝い入れ、車、小切り、柱掛り、大引端
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黒内田植え踊り・・・岩手町一方井に伝わる座敷田植え踊りだという。南部藩お抱え芸能集団「七軒丁」の影響も考えられるというが・・・・ここも注目!今は影も形もないが、七軒丁はわが町内に存在した芸能集団なのだ。才蔵と弥十郎の掛け合いや漫才がなんとも面白い。漫才はまれにしか見られなくなっているという。
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二戸ナニャトヤラ・・・二戸全駅に伝承されている。盆踊りだが大きな太鼓を左肩にかけ、左手の小指で支えながら両手で太鼓を打つという勇壮だが技が必要だ。
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高江柄念仏剣舞・・・盛岡市指定無形民俗文化財 盛岡市大ケ生に伝承・
 五重塔が載った大笠を3人で運んだ中に1人が入りくるくる回るという大念仏はすごいものだった。踊りは7種類で33回忌までの年忌供養の形があるという。
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鵜住居虎舞・・・釜石市鵜住居に伝承する。鵜住居神社のお祭りに奉納するもので、盛岡から釜石へに伝わったという説もあるが、盛岡に虎舞がなく、釜石には七軒丁が伝えたという太神楽があり、何か関連があるだろうという。釜石に七軒丁神楽が生きてるんだーいつか見に行こう!
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岳神楽・・・国指定重要無形民俗文化財、ユネスコ無形文化遺産となっており、花巻市大迫町外川目岳に伝承する山伏神楽。7月31日の早池峰神楽宵宮祭、8月朔日の例大祭に奉納。12月17日年越し祭に舞い納め、1月3日舞いはじめが行われるという。

民俗芸能に七軒丁の果たした役割の大きさを認識させらた。お祭りに奉納されるものを見て歩きたいなー
by yoko1939 | 2013-03-17 16:16 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

仙北中学校の卒業式にお招きいただき出席した。仙北中学校の出身の校長先生が今年で定年ということで「みなさんの中で教師になって仙北中学校に戻ってきてください」と熱いメッセージを卒業生に贈っていた。
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卒業式に参加しながら思い出した。

2月に見たテレビ「題名のない音楽会」で、『みんなで歌おう!ユニーク校歌大集合』でゲストの尾木直樹さんが選んだ校歌が釜石小学校の校歌だった。

大震災で避難所になった釜石小学校の体育館に張り出されていた校歌をみた高齢の女性が「この校歌良いですね」と・・・学校が3日目から毎朝放送したという。

尾木ママは「この校歌を見て『釜石の奇跡』はこの校歌から生まれたと思った」と話してた。

ネットで釜石小学校の校歌を探し当てた。井上ひさしさんの作詞だった。きっと被災した方々の心にしみわたるものだったろう。そして生きなきゃと思ったんだろう・・・と思う校歌だった。

この校歌を歌い続けられる子どもたちは幸せだナー震災を乗り越えて生き抜くだろうな・・・幸せを分けてもらった良い気分。

釜石小学校校歌

【作詞】井上 ひさし
【作曲】宇野 誠一郎

いきいき生きる いきいき生きる
ひとりで立って まっすぐ生きる
困ったときは 目をあげて
星を目あてに まっすぐ生きる
息あるうちは いきいき生きる

はっきり話す はっきり話す
びくびくせずに はっきり話す
困ったときは あわてずに
人間について よく考える
考えたなら はっきり話す

しっかりつかむ しっかりつかむ
まことの知恵を しっかりつかむ
困ったときは 手を出して
ともだちの手を しっかりつかむ
手と手をつないで しっかり生きる
by yoko1939 | 2013-03-13 21:09 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

 岩手県立博物館日曜講座「津波で流失した県指定文化財吉田家住宅の復元活動」のテーマで八戸工業大学大学院の月舘敏栄先生の話を聞いた。
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吉田家住宅がどんなに素晴らしいものだったのか再認識した。多くのボランティアによって部材が収集されてたこと、地元の方々や大学教授らが「今泉復興の会」をつくって活動していること、陸前高田市&陸前高田・今泉地区 明日へのまちづくり協議会で吉田家住宅復元・活用を復興の最重要課題に位置付けたことなど知った。かねがねなにかお手伝いできないものかと考えていたが話を聞いて意を強くした。
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今日も地元からも参加していた。とりあえず・・・と本宮地区開発を考える会から預かっていた被災地支援金58,107円を「今泉復興の会」発起人代表の吉田雅英さんに手渡した。

収集された部材は、3つのビニールハウスに保管されているが、その一つのビニールハウスの補修のために使うという。

本宮地区開発を考える会は、盛南開発は本宮の美田をつぶすもので人口が増えない盛岡のまちづくりからみても問題があると指摘し、同時進行で進められた圃場整備にも反対するなどまちづくり運動をしてきた住民組織だ。ほとんどの区画整理が終わった段階で解散したが、運動ででた残金を東日本大震災への支援金とすることにし、運動を支援してきた私が預かっていた。

長い運動を支えてきた大事な資金が活かされるところへ支援しようと思っていたが、陸前高田市のまちづくりのためなら納得していただけるだろう・・・
by yoko1939 | 2013-03-10 22:59 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

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今日は大震災から1年10か月。まもなく2年になろうとしている。今朝、盛岡の最低気温-11.3度で、最低気温を更新したという。この寒さを仮設住宅の被災者のみなさんはどうしているんだろう・・・早く安心して住める場所を政治の責任で確保してほしいものだ。

気象庁の発表によると、昨年1年間の地震は震度1以上3,139回、うち6割にあたる1,872回が東日本大震災の余震。震度5強4回、5弱12回、震度4が65回、3が232回、2が816回、1が2010回
大震災発生の2011年は1万487回に比べると減ってはいますが・・・

大震災前年までの10年間の年平均は1720回だったからまだ2倍近くの地震だということになる。最近また地震が増えているような気がする・・・内陸のわれわれでも不安になるのだから、被災地の不安はもっと大きいんだろうナー
by yoko1939 | 2013-01-11 23:02 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

用事で仙台を訪れた。被害が大きかった名取閖上を案内してもらった。

小高い日和山では午後2時46分にあわせて法要が営まれていた。今日は東日本大震災から1年半だ。次々と人々が訪れ手を合わせていた。案内してもらった妹は「この辺一帯住宅地だったんだよー」
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海が間近に見える一帯が平野で一面が住宅地だったという。住宅の土台石だけがあちこちに見えているが高く伸びた雑草で隠れている。

今はきれいな海に白い波が押し寄せているのが見える。海がこんな間近なところに・・・どうして膨大な住宅地ができたのか?と不思議に思った。しかも高い建物は何もない。いまは、白い波が地震の後黒い壁のような波になって町も人ものみ見込んでいったんだー。高いところに逃げろといわれても逃げるところがない!!怖い!と思った。逃げ切れない人が多かっただろうな・・・と思いつつ手を合わせた。

しばらく車を走らせて高い建物が閖上中学校だった。14人の生徒が犠牲になったと石碑が建てられていた。多くの市民が押し寄せたが、車で待機していた人たちはぎせいになってしまったという。

多くの方々がまだ行方不明になっている。復興に足を踏み出している人たちもおられるが、多くの方々が先の見えない生活を送っているようだ。

それなのにーNHKで取り上げられた復興予算の行方を見て本当に腹が立った!!
復興予算の名目で沖縄の国道工事、岐阜のコンタクト工場の設備、霞が関の官庁の耐震工事に回っていたという。「本当?!」

こんなでたらめ許されるのか!!被災地の人たちをそっちのけで政権争いをしている政治を変えなきゃ!!
by yoko1939 | 2012-09-11 15:11 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

山田町で被災し着の身着のままで埼玉県の姪御さんのところに身を寄せておられる万さん。お手紙のやり取りで元気でおられることはわかっていたが、お会いしたいなーと思っていた。

万さんとは保母さん仲間で親しい山口ツエさんが東京周辺へ用事で行くというので急遽2人で万さんを尋ねた。
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茶畑があちこちに見え自然が残る閑静な住宅地の中のお住まいでまず「良かった」と思った。山口さんの息子さんの車で送っていただたが、万さんが元気に迎えてくれた。

万さんは、山田町の自宅にいたとき被災し10日間避難所暮らし、そこへ姪御さんの息子さんが迎えに来てくれたという。「うれしかったー」と話していた。

お2人とも福祉施設や保育園の従事者で組織されている50年の歴史をもつ福祉労組で委員長経験者、私は書記長だった。劣悪だった福祉の現場の労働条件を改善することは利用者の利益を守ることだととがんばった福祉労組初期の時期の話に花が咲いた。万さん88歳、山口さん83歳お2人とも元気で若い。
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あっという間に2時間過ぎた。食べ切れなかった美味しいおいなりさんとお煮しめはお土産にいただいて帰ってきた。

美味しいものをいただきながら、これからの人生の目標となるお2人とのひと時は本当に楽しかった。万さんの胸の中はきっと波あり風もよぎるだろう。もらった命を大切に長生きしてほしいと願った。
by yoko1939 | 2011-10-29 15:47 | 東日本大震災関連 | Comments(0)

★「被災直後高田高校に100人孤立している、不明者もある」と言う報道に、教員として赴任している娘さんをもつ友人は命が縮まったと思う。無事確認するのに1週間ほどかかった。タッチの差で津波に飲み込まれた同僚もいたというが、気丈に避難所暮らししながら生徒の支援と学校の建て直しに奮しているという。

★ラジオで宅急便が岩手、宮城、福島も荷物の取り扱い開始の情報。さっそく食料の買い込んで仙台の妹へ荷物送る。携帯へ電話を入れたら、今買出し中でスーパーに1000人くらい並んで、買い物に3時間もかかったという。大都市での災害は大変だー。

★釜石の妹とも電話が通じるようになった。一人暮らしで83歳の義姉さんが平田で高齢者施設に避難していたが、避難する人が増えて「家がある人は帰ってください」と言われ帰ったが、水道が出ないので水を届けてきたというのだ。2次被害者が出ないことを祈るばかり・・・行く途中、道路だけはやっと通れたが被災の状況はすざましくショックだったという。

★畑の先生のところには福島の原発事故の放射能の危険から逃れてお姉さんが一家で避難してきたと言う。

★夕方、釜石の友人の携帯にやっと通じた。「何にも無くなったー。原爆と同じだ」とー。避難所生活していたが、宮古の娘さんのところへ身を寄せている。「仮設住宅の申込が今日から始まるので宮古からヒッチハイクして釜石まで来た。これからまた、ヒッチハイクしながら宮古へ帰る」という。
いま釜石の市街地を歩いているというが、もう暗くなりかけている・・・とても「がんばれ!」なんていえなかった「身体に気をつけて」というのが精一杯だった・・・

内陸から沿岸に行く交通機関は少しずつ回復しているが、沿岸を結ぶ交通機関はずたずただ。おまけにほとんどの被災者が車を流されている。あったとしてもガソリン不足で走れない・・・
by yoko1939 | 2011-03-21 11:09 | 東日本大震災関連 | Comments(0)