熟女4人で20日~22日の2泊3日で橿原市今井町と奈良の旅を堪能してきた。
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 今井町は江戸時代築の民宿「嘉雲亭」に宿泊。近鉄京都線の八木西口駅に宿の亭主杉村嘉國さんから自転車でお迎えを受ける。

 やっぱり古民家は寒い!杉村さんから今井町の歴史を説明いただく。室町時代末期に一向宗道場を中心とした寺内町として生まれ、江戸時代中期には、幕府天領の自治都市都市として、外敵から守るため周囲を環濠にに囲まれたまちだったという。

 「大和の金は今井七分」と言われたほどお金持ちの多いまちだったといい、今井札が通用していたと言うが実物は残っていないというが・・・
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杉村さん所有の藩札を見せていただいた。博物館で見ることはあっても触ったのははじめて・・

平成5年12月に国の重要伝統的建造物群保存地区にに選定されたという。

 この町には宿泊施設がなく3年前に自分の家をNPO法人今井まちなみ再生ネットワークの応援受けて改築し、2階を宿泊施設、1階をイベント貸し会場に活用している。

 食事は朝食だけで、夕食は町の中の「粋庵」へ・・・お料理も美味しかったが濁酒がはじめて出会ったおいしいお酒だった。
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 次の日あいにくの雨・・・杉村さんが案内してくれた。まずは明治の建築まち並み交流センター「華甍」へ・・・
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 さすが「伝建地区」。よくぞこれまで無事で居てくれたと地区の方々に感謝したくなる。
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 観光のまちとしてではなく暮らし続けられるまちとしてがんばってこられた地元のポリシーが伝わってくる。とにかく静か・・・伝建地区になる前に建替えられた新建築はあるが、それもまた味がある建物だ。お金持ちの地区だということが良く分かる。江戸時代の町家が800軒も残っているという規模が大きい伝建地区となっている。
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 伝建地区内に国指定の重要文化財が今西家、豊田家、中橋家、上田家、音村家、旧米谷家、河合家、高木家の8軒、称念寺と9件。県指定の文化財が吉村家、山尾家、旧高市郡教育博物館3軒もある。

 
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 いろんなマークになっている「駒つなぎ」各家にあるが、軒下が駒つなぎ、軒上が牛つなぎだという。
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 今は使われていない台所の煙りぬけも各家で違う。面白い・・・。
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 勾玉型の竈もはじめてみた。家族や使用人の人数によって異なり、焚口が3つや5つのものもあり、窯をかける大きさも上から下へだんだん小さくなっているのも合理的。

 なによりの宝物を見せていただいた。
 古美術店で洛中洛外図。朝鮮通信史が江戸幕府へ派遣した使節のお通りが描かれている金屏風だ。お通りの周りには庶民の生活が描かれておりすばらしいものだった。

 住民運動は50年にも及び、伝建地区選定にも住民に賛成、反対があったというが、これだけ大規模な江戸のまち並みを残された住民の方々に敬意を表したい。
by yoko1939 | 2010-01-25 23:56 | 全国の町並み | Comments(0)

みちのく福祉会のみなさんと別れを告げ、千葉から娘を呼び出し、東京の下町、
谷中、根津、千駄木の町歩きを楽しんだ。もちろんスケッチブックを抱えて・
・・
 
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 日暮里駅西口からまっすぐ歩いていくと懐かしいおせんべい屋さんで足が止
まる。この店にぴったりの90歳近いのではないかと思うおじいさんがおせん
べいを売ってくれた。この町にはおせんべい屋さんが多かった。
 
 次に足が向いたのが老舗の飴やさん・・・夏は10数種類だが、冬になれば
30種類に増えるという。ニッキ飴を買った。ニッキが効いて美味しかった。

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 ここから見る夕焼けが美しいと「夕焼けだんだん」と名づけられたそうだが、
なんでもない石段に素敵な名前がつけられて名所になっている。町を愛してい
る人が多いんだナ・・


 その向こうに谷中ぎんざが見える。そんなに大きくないし普通の商店街だが
活気がある。木の看板で統一しているのもちょっとおしゃれ・・・。

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 特に賑っているのが「とろり溶ける焼豚」屋さん。マスコミでも取り上げら
れているという。お土産に買ってしまった。

 よみせ通りに出て喫茶店と思って入ったらファミレス・・・ところが出てき
たサンドイッチの美味しいこと・・・見かけで判断は禁物の町だ。

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 路地の入口に「指人形」というノボリ旗が立っていた。行き止まりのお宅に
面白い人形が並んでいた。「指人形笑吉工房」残念ながら休日で中に入れなか
ったがウインドウに並べられている人形が面白い。
 これなら簡単に書けるだろうとスケッチブックにサラサラ・・・とはいかな
かった。スケッチを見た娘の笑いが止まらなかったのだ。

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おしゃれなおすし屋さん、思わず入ってしまい夜の分と、穴子寿司を折り詰め
にしてもらう。2500円もした・・・でも口の中でとろける美味しさ。忘れ
られない味だった。

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 さんさき坂の途中に有名な和紙屋さん「いせ辰」による。目移りするお店で
和紙とてぬぐいを買い込んだ。

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 あかぢ坂にある、外国人愛用の宿「澤の屋」に立ち寄り英語と日本語併記の
パンフレットいただく。「旅館が少なくなっているので外国人が好んで利用し
てくださる」と説明をうけ納得。東京に止まるときにはここにしよう・・・


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 ちょっと魅力的な路地に入り込む。自分で書いた町のペン画を家の前に張り
出しはがきにして売っていた。人のものを見るのも勉強かなーと思い買い込ん
だらサインをしてくれた。杉山八郎さんという人だった。下町の画家?


 根津教会の建物に引かれて「ここなら画ける」とスケッチはじめる。また
また笑いながら見ていた娘が最後に「ウーン、スケッチって上手下手ではない
のね。楽しければいいんだ」といってくれた。そのとおり!!!私にしては
すごい15分くらいで画けたのは良かったが、色は写真を見てと帰ってきた
らなんと画くのに夢中になって写真がない!がっかり・・



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 この建物は見たいと思っていた。「はん亭」木造3階建ての歴史的な日本
建築。串揚げ屋さんなそうだ。12:00から14:30まで昼もやっている
という。よし!次はここで昼食にしよう・・・でも月曜日はお休みでお話も
聞けず、パンフレットももらえなかった。

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 建物の裏が大通りになっており現代風な塀が町の雰囲気に合っているのが
印象的。





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 この地域は関東大震災や東京大空襲での被害も少なく、明治から昭和初期の
日本家屋が現存し、比較的高い建物が少なく「空が広く見える町」だそうだ。
でもやっぱりあったマンションだ。
 ところが盛岡のマンションと違う!!外壁がおしゃれで、1階部分を黒塀をまわ
したような雰囲気を出している。ここの町を守っている人たちの働きかけが
あったのかナ?

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 旧吉田屋酒店、現下町風俗資料館は月曜日で御休み、明日からのアート展
の準備で若者たちががんばっていた。


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 何とも味わいのある和菓子岡埜栄泉だった。お菓子を紹介した新聞などが
張ってあったので「浮草」というお菓子を指して「これがこちらのお勧めの
お菓子ですか?」と聞くと「お菓子屋がいっぱいあるから何か変わったもの
を作らないとだめだから」と・・・商売っけの無い返事。でもそのお菓子を
買ってしまった。

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 銭湯をギャラリーにしたという「スカイ ザ バスハウス」に行ったが、
ここも月曜日休み。

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 観音寺の300年の築地塀。泥で塗り固められたものだが、補強のために
瓦や板が練りこまれている。専門家に説明してもらったらすごいものだろう
なーとおもいつつ日暮里の駅に向かう。

 自転車を引いたおばさんに道を訪ねると「こっちを行くと坂を下って
又登ることになるから、向こうの道が良いですよ」と親切に教えてくれた。
それでも「夕焼けだんだんの近くで買い物したいよ・・・」とぐずぐずして
いたらはるかかなたからおばさんが「向こうの道をいっても夕焼けだんだん
に行けますよーーー」と叫んでいる。東京にもこ んな人がいるんだー。

温かい町のめぐりのしめくくりとなった気分でうれしかった。

 この町歩きの案内人は講談社の東京を描く市民の会の「東京よいとこ
だらけ、スケッチ散歩」という250点のスケッチの入った面白い本だ。

 その中に「下町に根づいた文化を市民レベルで保ち続けよう。そんな住む
者の意識が強く感じられるのが谷中、根津、千駄木のよいところです」とあ
るがまったく同感。

 着飾っていない、売らんかなのお店ではない、生活の匂いがする懐かしい
ホッとする町だった。今まで見てきた全国のまち並みとは一味も二味も違う
地に足が着いた町!鉈屋町もこんな町で良いのにナー・・・

 楽しい一日だった。また行ってみよう・・・
by yoko1939 | 2009-09-14 11:24 | 全国の町並み | Comments(2)


みちのく福祉会が東京で開かれ、みなさんより一電車早く出かけ、上野公演の
中にある奏楽堂に立ち寄る。上野駅公園口から10分ほどで着いた。

 建物は公開されているが、残念ながらコンサートが開かれており建物の中には
入れなかった。
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 旧東京音楽学校奏楽堂は1890(明治23年)年竣工の日本初の記念碑的な
音楽ホールです。1978(昭和53年)年東京藝術大学が新ホールと旧奏楽堂の
明治村移築保存を決めたことに対し、芥川也寸志、黛敏郎をはじめとする音楽
家たちが「奏楽堂を救う会」を結成し保存運動を起こし上野公園に保存・活用
されたものだといいます。


 この歴史を知りぜひ行ってみたいと思っていたので足を運んだ。もう一つの
目的は奏楽堂をスケッチすること。スケッチを始めて4枚目となるが、色をつける
まで3時間もかかってしまった。できばえはともかく完成させて満足・・・

 日曜日には芸術大学の学生がコンサートを開いているようだが、日程は
ホームページで解るようだ・・・いつか必ずコンサート行こう!
by yoko1939 | 2009-09-13 20:51 | 全国の町並み | Comments(1)


宮城県村田町「蔵の陶器市」へ大慈清水お休み処のボランティアさんたちと
勉強をかねて出かけた。
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 仙台の妹に、普段開放していない蔵に陶器の展示されるので、この日だけは
蔵の中を見られると教わって、陶器はそっちのけで、蔵を見て、蔵の中の活用
の仕方、展示方法、食事の提供方法、売り物の内容、地元の方々のおもてな
しなどなど、鉈屋町のまちづくりに活かせるものをいっぱい吸収してきた。
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 それにしても立派なまち並み・・・地元の村田商人の紅花の取引で栄えたと
いうだけに店蔵がどこも立派。それが残っているのがすばらしい。




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 店蔵ー住居ー内蔵ー中庭と続くらしい。路地は家の外側にあり、立派な門付きなのだ。しか
も、その門がまた立派。いろんな細工がしてある。





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 町が買って管理しているという「やましょう資料館」には店蔵、内蔵のほかに醤油蔵、塩蔵な
ど4つも蔵があった。裏門も立派だ。






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 門がついてない家は路地には使い込んだ綺麗な敷石が組み敷かれ、店蔵、住居、内蔵と
続いている。






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 春にお邪魔してお話聞いた「かねしょう商店」さんに立ち寄り、居間を見せていただいた。盛
岡町家の常居だが、天井高く、路地側に窓があり明りを取っていた。階段の取っ手が鉄でとて
もおしゃれだった。そこをいまだに居間にしていらっしゃると言うのが驚きだった。寒さの違いかなー。

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 店蔵への陶器の展示。つい建物の方に目が行く。どちらの家も梁がものすごい。

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 お店も沢山出ていた。鉈屋町のお雛祭りでは食べるところがないという不満をいただいたが
、お弁当やおにぎり、いも煮を作って販売し、店蔵の横のお庭で食べさせてくれる。




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 無料のお茶接待処は婦人会の方々が白い割烹着で応対。漬物までついてきた。






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 展示も陶器だけでなく染物や手づくり品が展示即売されていてにぎやかだった。それぞれの
お店のしつらえや小学生の川柳が書かれた行灯も良かった。
 今後のまちづくりに大いに参考になりそう・・・
 
by yoko1939 | 2008-10-17 13:46 | 全国の町並み | Comments(0)

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全国ゼミ卯之大会参加のため10日~13日まで滞在。ゼミの合間を縫って卯之町中町(なかのちょう)界隈歩き。





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 町外れの高台にある米博物館へ・・・テレビなどで有名な昭和3年築の109メートルの長い廊下。
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なんと今日がからぶきの雑巾がけのレースの日という・・・見たかったナー残念・・・
 それにしても廊下と土間の間に柱が1本もないこの仕組みどうなっているの?










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 開明学校は国指定の重要文化財だ。教育を大事にしたまちだったらしい。文化の香りがする・・・








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  3日間泊まった松屋旅館は江戸末期から営業。売り物は200年の歴史を持つ糠床で漬けた漬物。美味しかった・・・と活きた魚をつけこむ「ひゅうが飯」あというd。お遍路さんには宿泊代を安くしてくれるそうだ。
 参加者の方がスケッチの色づけをしていた。まだ完成していないと言うが写させてもらった。いいナー。



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 もう一つの旅館、中村屋旅館も趣きのある建物だった。









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 古民家再生「よんでん和み館」。四国電力が古民家の再生を事業として行っているという。もちろん本業の電気を売ることも入っているようだが、「古民家を再生することで人口減少に歯止めをかけることが必要だ」とゼミの実行委員のメンバーになっている四国電力の方が熱く語っていた。




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 ビックリしたのは高野長英の隠れ家が現存していた。建指定文化財になっている。シーボルトのもとで一緒に蘭学を学んだ二宮敬作を頼って二度にわたって身をよせたという。
二宮敬作という方はシーボルト国外追放の後、その子どものイネさんを育て医者にした人ですごい人だ・・・
 この町を高野長英も密かに歩いたのだ・・・岩手と縁が深い町だった。


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 無料休憩所は古民家を買収して改修したもので、女性のグループが市から補助を受け、小物の販売をしているという。






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 元宮酒店。「開明」という酒がおいしいと聞いたがゼミの期間店が閉まったままだった。
by yoko1939 | 2008-10-13 15:30 | 全国の町並み | Comments(0)

2回目の内子町


松山空港からの飛行機の時間に2時間は取れそう・・・内子で途中下車。
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 昼食をとっている間に時間が過ぎる。時間に追われながら超スピードでまち
並みを歩く。観光客がゾロゾロ・・・前に来たときよりお店の数が増えたような気
がする。地元の方が言うには観光客の増加と共に他所から来て店を出す人が
増えてきたそうだ。
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  まち並みから100メートルほど入ったところに「まち並みせんべい」のお店
があり、立ち寄った。おじいさんとおばあさんがやっているようだ。昔の味を思
い起こすような素朴な味・・・何よりおばあさんのあったかい応対が良い。「遠い
ところからお出でで、ありがとうございます」とおまけが8枚ついた。

 ご主人が大江健三郎さんの従弟で、学校時代ここから通ったという。学校で
質問すると先生が答えられなかったという逸話が残っているそうだ。
 そんな話を聞きながら、やっと内子に来たという実感できた。




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 施設は内子座だけしか見れなかった。ここはやっぱりお芝居を見るところだ。
施設だけを見るだけではつまらない・・・






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 本芳我家住宅、上芳我邸は前に見たので飛ばしたが、まち並み形成できるだ
けのすばらしい建物が沢山残っている。なまこかべ、むしこまど、うだつ、こてえ
、けぎょ、出格子、床几、蔀戸など各家の違いなど見て歩けば面白いが、お店が
多くなってその家が隠れてしまっている。
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 以前には地元の住んでいる方の姿もありお話できて良かったが、それが失わ
れてしまったような気がする。観光化するとこんな町になってしまうのかナー。

 鉈屋町のまちづくりに大いに参考になった。
by yoko1939 | 2008-10-13 15:00 | 全国の町並み | Comments(0)

全国町並みゼミ1日目分科会が午後2時30分開会というので、時間を惜しんで大洲のまち並
み見学へ走る。
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 まちの駅を起点に周遊するように古いまち並みがある。





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 おはなはん通り・・・江戸や明治の面影残すまち並み。昭和41年NHKの朝ドラ「おはなはん
」のロケ地。道路も下水道の蓋も綺麗に整備されている。
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休憩所があったので入ってみたら無人・・・おはなはんのロケ写真が飾ってあった。やっぱりどんなに人が来なくても人が居た方が良いな・・・





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 明治のまち並みを歩いてみたら手を入れてない蔵が見つかった。綺麗に修景しているもの
よりこの方が趣を感じる。




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ちょうど家の方が出ていらして中を見せていただく。子どもは外に出て継ぐ気は無いし、手を入れたら金がかかるので手を付けられないという。もっともだー~長生きしてください~と感謝しながらお話を聞いてきた。





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 臥龍山荘は時間がないのでパスしてきたが、周辺の整備がすばらしい。なにより驚いたのが
堤防ー石垣の上に塀まで建てている。それが古いまち並みを囲むように続いている。肱川随
一の景勝地なそうだ。





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 堤防に沿って歩いているうちにポコペン横丁なるものに到着。倉庫を活用した「思い出倉庫
」昭和初期の時代に引き戻される展示内容。






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狭いところに床屋、自転車や、交番所、一銭店屋、などが並び一角に昭和の暮らしぶりが解る
部屋がセットしてある。入場料200円。






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木戸も昔懐かしいしつらえだ。






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 この建物の前には土日だけ飲んだり食べたり物売りのお店が並ぶそうだ。どんな土日市なの
か興味をそそられた。






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 すぐ隣が美しいレンガの建物「おおず赤煉瓦館」。明治34年築の大洲商業銀行だったという
・・・




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れんが工房はおしゃれな売店。女性がつい手が出てしまうような物が並んでいる。資料館
やギャラリーがあって有効活用されている。





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 何となくまた、町の駅に戻ってしまう。大洲の名物を使った小学生考案のお菓子を買い求め
て2時間のまち並み歩きを終えた。見られる場所は鉈屋町並みのボリュームだが、よく整備されている。

 タクシーの運転手さんの話に寄れば、3年前大洲城を昔の設計図どうりに木造で建ててから
観光客が増えたという。大洲市ってお金もちなんだなー。 
by yoko1939 | 2008-10-11 15:39 | 全国の町並み | Comments(0)

友人に西馬音内の「藍と端縫いまつり」はすばらしいよ・・・と教えられてまち並み塾のスタッフ、ボランティアさんを誘って6人で出かける。

 自家用車で高速使って2時間。西馬音内盆踊りのすばらしさはテレビでしか見たことがない。いつも行って見たいと思いながら行けないでいる。
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 8月の第1日曜日行われる「藍と端縫いまつり」は、各家庭で持っている盆踊りの衣装を「虫干し」と称してそれぞれの家に展示して公開してくれる。





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  小さな藍染の旗が目印で60軒ほど飾られている。その衣装のすばらしさ・・・・700年の歴史がある盆踊りだが、衣装も江戸時代からのものもあるという。古いものは藍染めだ。浅舞地方にいまだに藍染が受け継がれているらしく新しいものもある。




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 端縫いの衣装は、昔からこの地方で胴着として綿入れにし防寒用に着用したものに着眼し布を継ぎ接ぎして盆踊りの衣装として40年ほど前から盆踊りに着用されるようになったという。





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 どれもすばらしいものばかりで作り手のセンスが活かされるものだ。





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 衣装もすばらしいが家もすばらしい。県指定文化財になっている黒澤家では梁に縄を毎年2本づつ巻き付ける伝統を今も守っており、





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それを数えると180年になるという。立派な蔵は雪対策で内蔵になっており、寝所として使っているという。






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 すばらしいのはそれだけではない。「冷たいお茶をどうぞ・・・」といって、見に来た方々にお茶と美味しい!漬物を出してくれた。感激!!6人もいると図々しくなりたっぷりとおもてなしを受けてきた。





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 展示方法もその家庭でのセンスが活かされる。工場にすだれを下げて衣装を飾っていたが袖の間に隙間がありその向こうに中庭が見えた・・・憎らしいほどの演出・・・





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 娘さんの民謡大会のトロフィーが沢山の家に上がりこんでお茶をご馳走になっていると、なんでも鑑定団の安岡洋路さんが訪れた。たっぷりとまちづくりについて、西馬音内盆踊りについてお話してくれ、さながら講演会だった。すばらしい出会いだった。

 
 すばらしい衣装と家とおもてなし・・・この町にはまだ古い家が残っている。この町だから盆踊りが受け継がれてきたのだろう。11時から午後4時までたっぷり時間があったはずだが、公開している約60軒の半分も見られなかった。また来年の楽しみ・・・

 すべてが満足!!!!!
by yoko1939 | 2008-08-03 13:58 | 全国の町並み | Comments(0)

蔵の町 村田町

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 「今日はおばあちゃんに付き合ってもらうよ」と言ってかねてから行きたいと思っていた蔵の町、村田町に足を伸ばした。目を見張るばかりのすごい蔵が残っている。
 駐車場の車に孫たちを残して50㍍も歩いたところ、立派な蔵の家で嘉永2年創業の雑貨屋さんかねしょう商店の旦那さんが「ぜひ見て行け」と案内してもらったのがすぐ向かいの村田商人「やましょう記念館」。
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 かねしょう商店の本家だったという。村田商人は紅花商人で水沢や江刺まで紅花を作らせてそれを日本海廻りで大阪や京都に運ばれ染料や口紅、薬用に使用された。帰り舟には海産物や古着などが運ぶという商売で財を成し、商人のシンボルとして蔵の店を豪華に建てたと言う。競って建てたであろう豪華な蔵が並んでいる。
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 記念館となっている「やましょう」も江戸時代から昭和初期に活躍した商人で、店蔵は明治7年築、それはそれは太い立派な梁で、柱にも細工がしてありお見事!店蔵の後ろに主屋、内蔵(安政3年)、中蔵(文政11年)、西蔵(明治11年)、味噌蔵、塩蔵と続き奥行きがある。





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 この地で昭和50年代まで続いていたという「雛めぐり」を復活させた,雑貨屋さんの夫人大沼悦子さんにお会いできた。今年11回目がお終わったばかりという。11年前に3軒から始め今年は14軒になり、どこでもその家のお雛様を飾ったという。大沼さん自身あちこちのお雛祭りを見て歩いて村田町の特徴と伝統を生かしたお雛めぐりにしようと始めたという。

 紅花の着物は庶民は着ることが許されなかった。そこで紅花の着物を着たお雛様を上方からお土産に買ってきて、これが紅花で染めた着物だと見せたというのが村田町のお雛様のいわれだという。

 雛めぐりのこれまでの取り組みについて交流しているうちに時間が経って、車で待っていた孫たちは「ばあちゃんには付き合いきれない」ーとは言わなかったがカンカンだった。
 娘と交替しながらだが、久しぶりに高速を運転。自信がついて「また来ます」かねしょう商店のご夫婦に約束してきた。とても良い交流になった。
by yoko1939 | 2008-03-28 01:09 | 全国の町並み | Comments(0)

21日津山の城東町並み保存地区を歩く
ここまで来たらもう一つ町並みを見たいと欲張り勝山から近いところを探したら津山に町並み保存地区があった。町並みを見るにふさわしいゆったりとしたJRの電車で1時間30分かかって津山に到着。急いで旅館に荷物を置き明日休館となる津山洋学資料館に4時ギリギリに入る。大正9年に銀行として建てられた神社仏閣風の外観、内部も天井が高くモザイクパーゲット貼り、腰はケヤキの玉目のあるものを鏡板としているという。洋学は解らないが建物がすばらしい。釘は1本も使われていないということにひかれて見に行った。
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城下町の出雲街道・・・生活のにおい漂う町 
城東地区町並み保存地区を歩いて旅館に向う。城下町の出雲街道だったというが、修景したと見られる建物が所々にあり、丁度お祭りでしめ縄がはりめぐらされ城下町らしい明り取りが置いてある。ほとんど観光化されておらず生活のにおいが漂う町並みに親しみを感じさせられた。
江戸・明治・大正・昭和の建築が見られる「城東むかし町家」 
 所々に拠点施設らしきものがある。その一つ市が取得し修理した旧梶村家は、城東むかし町家として開放されていた。閉まるところを「盛岡から来た」といって見せてもらった。明治時代に「札元」を務めていたという豪商の家は、間口31.5㍍、奥行き34㍍のお屋敷で主屋は江戸後期に立てられたものを明治期に増築し、洋館と東蔵は大正期に建てられ、建物の歴史を物語る貴重なものらしい。 一級建築士という2人が熱心に見ていた。チラッと見たら当番表が見えたが、各町内で交替で管理をやっているらしい。
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修景した町家
 4軒連続で修景した町家があり生活の匂いが無く、近所の方に聞いたら1軒は空き家になっているが住んでいるという。連続性を持たせた修景だと思うが昔も同じ家だったのかなー修景も難しいと思わせられた。
旅館の夕食はきじ鍋 昨日と今日と古い旅館に泊まったが宿泊者はどちらも私だけだった。盛岡を舞台にした連続テレビドラマ「どんと晴れ」では無いが、旅館をもっと利用すべきだなーと反省。
 夕食はきじ鍋だった。きじ・・・食べたことあったかなー?冷えた身体が温まった。

22日市役所で話を聞き・・・武家屋敷の町並み歩く
264軒中74軒が修理・修景
 いつものクセが出て市役所に話を聞きに行く。担当課が建築指導課だという主幹の森里さんを訪ね、まちづくりの経過を教えていただいた。
 昭和63年に奈良国立文化研究所による伝統的建造物群保存対策調査を実施し指定に値するという評価を受けたが、地元では伝建地区指定でない保存を望むということで市で「町並重点整備地区」指定をし建物の修理(限度額500万円、5/10)、修景(限度200万円、5/10)復旧(限度100万円5/10)に対し補助事業を始めた。同時に岡山県の町並み保存地区指定を受ける。保存地区内264軒中74軒が修理・修景をしたという。県と市で補助率9割だったものが財政難で県は0、市が1/2になって最近は年1軒くらいだという。
住民組織ががんばっていた 
「町並重点整備地区」の周辺は「周辺景観保存地区」と指定し、この2つの地区の町内で「城東まちづくり協議会」をつくって施設の管理、独自の町並みマップを作成、イベントを行っており11月第1日曜日に城東むかし町まつりが開かれるという。

「男はつらいよ」のロケ地・武家屋敷
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 市役所を出て上之町へ・・・お寺と武家屋敷が多いこの辺が寅さん「男はつらいよ第48作・寅次郎紅の花」のロケ地らしい。観光マップのいたるところに寅さんとNHK朝ドラ「あぐり」のロケ地が記してある。
 昨日歩いた出雲街道の見落とした所を歩いてせんべい屋さんに寄り、味噌せんべいを買ったが昔の味でおいしかった。しかもまちづくり協議会で作った町並みの素敵な手ぬぐいを販売していた。手書きのものを京都の染物屋で染めたものというおしゃれなものだった。残念ながらまちづくり協議会の方にはお会いできなかったが、ここでも住民ががんばっている様子が伺われた。
 
by yoko1939 | 2007-10-22 22:31 | 全国の町並み | Comments(0)