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季節を観る和菓子

陸前高田市支援と暑さで疲れ気味・・・こんなときには甘いものが薬になる。仙北2丁目の二葉屋さんに寄ると生菓子に釘付け・・・アジサイ、朝顔など季節のものが和菓子になっている。見ているだけで楽しい。
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和菓子にはやっぱり抹茶だね。しあわせー
by yoko1939 | 2011-06-30 00:17 | 食と農 | Comments(0)

沢山の熱いおもいと支援物資をもって陸前高田へ・・・ご協力ありがとう

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みなさんからご協力いただいた陸前高田支援物資は鈴木努事務所いっぱい集まった。
みなさんの熱い思いと、支援物資をぎっしりと軽トラと自家用車2台に詰め込んで7時30分鈴木努事務所を出発し、陸前高田市に向かった。今回は、日本共産党杜陵後援会の方々と一緒だ。

後援会のHさんが、「高田高校の野球部が何もかも流されたというテレビを見て支援金を送ることにした」という。だったら支援物資を持って高田へ行こう!高田高校によって直接手渡してこよう!ということになったのだ。

陸前高田共同支援センターから聞いたら、夏の帽子、うちわ、夏のも衣類、下着、食器などが欲しいと聞き呼びかけたら、杜陵後援会の方々が集めた物資、先日の南仙北2・3丁目公民館で行われたチャリティバザーの残った物資を譲ってもらったり、私の同級生や、友人、近所の方々から寄せられた物資が短期間でどっさり集まった。みんな何かしなければ・・・との気持ちが伝わってくるものでうれしかった。
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前回と同じコースで中里前市長にお会いしておしゃべりした。共同支援センターに支援物資をおろした。
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青空市を開いてから休日なしだったが、ボランティアの方々も疲れてきたので先週から水曜日休みにしたと青空市はお休みだったが、
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日本共産党の藤倉市議が待機してくれていた。保育園に支援米を届けて周っていた青空市の物資の責任者の若い藤倉さん、スタッフの伊勢純さんが帰ってきた。おろした物資は3人の後ろの山だ。伊勢純さんは故及川一郎市議の跡継ぎとして予定候補となったが連日共同支援センターのスタッフとしてがんばっている。

手芸の好きなHさんは、せっせとエコバック20個も手作りしたものを持っていった。

前回来たときは、食器コーナーはほんの一角で青空市だったが、大きなテントに広がっていた。仮設住宅に入る人が増えているが、「最低の食器しかなく毎日の生活に急須や茶筒、コーヒーカップが欲しい」「ご飯茶碗もらったばかりなのにかけてしまって・・・と申し訳なさそうに、ご飯茶碗をもらっていく人もある」という同行したOさんが言うには、仮設住宅の電化製品や生活用品はイオンに丸投げされているとい。「エー震災で儲けるのはやっぱり大企業?」

藤倉市議は「支援物資はムダにしません。毎日多くの被災者がこられます」という
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。休みだと知らずに近くの仮設住宅に入っているという高齢者の方が2人いらして「気仙町で津波に全部持っていかれた。着の身着のままで逃げたから何にも無い。ここには毎日来ているが助かっているよ」と話てくれた。

友人のFさんはお友達にも声をかけて沢山の支援物資を集めてくれ、さらに義捐金も現地に直接渡してくれと託された。藤倉議員に聞くと共同支援センターでは被災者が欲しいと言うものを購入することもあると言う。だったら有効に使ってもらえそうと渡してきた。
「又来るから」と青空市を後にした。

高田高校は大船渡市の北はずれ立根町の旧大船渡農業高校の校舎を仮校舎としており、スクールバスで通学で、気仙沼からきている生徒もいるという。
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残念ながら野球部の佐々木監督は不在だったが主将の大久保君にHさんが大金の支援金を直接手渡してきた。
野球部は、校庭は自衛隊が駐屯しており使えないため毎日他所の校庭を借りて転々としながら練習しているという。「今日は住田高校の校庭を借りて練習です」と大久保君が話してくれた。Hさんは直接渡せて満足!お相伴に預かった私達も胸がときめく支援に満足!!それにしても・・・1人暮らしの後期高齢者にとっては大金なのだが・・・
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市役所前は少しは前回よりも片付いたかのように見えるが・・瓦礫の山はまだ崩れていない。市役所に向かって献花し、市民10人に1人という多くの犠牲者に手をあわてた。

被災地に向かうたびに支援を続けなければ・・・の思いが強くなる。日本共産党鈴木努事務所では、今後も、1ヶ月に1回の割合で陸前高田への支援を続けて行く予定だ。
by yoko1939 | 2011-06-29 10:14 | 木木レポート | Comments(0)

南仙北2・3丁目女性部のみなさんを鉈屋町界隈案内

南仙北2・3丁目町内会女性部のみなさんをご案内して鉈屋町界隈めぐりをした。この地域は、藩政時代には惣門があり、奥州街道、遠野、宮古街道の出発点として賑った地域でその名残が多く残っており、もっとも盛岡らしいといわれている地域だ。
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市指定保存建造物の旧料亭川鉄ですばらしい庭園を眺めながら昼食。すぐ隣には江戸時代からあったという共同井戸の青龍水があり、いまだに多くの市民に利用されている。
寺の下は盛岡城の外堀にあたりその面影はいまだに残る石垣に見られる。
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1834年築で県指定文化財の木津屋本店では、防火対策が尽くされた土蔵造りの建物や当時の防火用具の昆布むしろや手つきポンプや
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ちょんまげも入るヘルメットなど見せていただき、先人の万全さに驚きの声があがった。170年もの歴史がある建物が現役で事務室として使われている。その下には火事になったとき店の品物を入れておく地下室があって蓋を閉めると砂で覆われるという仕組みだったという。念入りな防火対策が活きて明治17年の盛岡の大火を木津屋で食い止められたと言う。すごい知恵!
大震災から4ヶ月になろうとしているが緩みかけてきた気持ちを引き締めて「備えあれば憂いなし」の暮らしをしなきゃ・・・
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明治橋際にある盛岡藩の米蔵だったお蔵「下町資料館」は、管理委員長の千葉さんから丁寧な説明いただきなつかしい展示物を見て楽しんだ。

江戸、明治時代にすっかりタイムスリップしたひと時に、みなさんから「面白かった」の声が寄せられた
by yoko1939 | 2011-06-28 10:03 | 鉈屋・大慈寺町界隈 | Comments(0)

支援物資のおまけ・・手づくりお菓子で一服

毎日陸前高田市支援物資を受け取りに走る周っている。急なお願いなのに皆さんが沢山の物資を準備してくれている。
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今日は友人宅へ受けとりにお邪魔し、お茶をご馳走に・・・料理上手な材料もこだわって作るので美味しい。今日はバナナケーキとプリン。どこのケーキ屋さんも敵わない味なのだ。
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昨日手に入ったと言う採りたてのラッキョウの天ぷらは珍味だった。
それに5種類入ったハーブ茶と・・・美味しい!美味しいと食べているうちに、連日の疲れも抜けていくー。感謝。
by yoko1939 | 2011-06-27 00:11 | 食と農 | Comments(0)

採りたてのスナップエンドウ美味い!

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野菜たちはどんどん成長してくれる。スナップエンドウを初収穫。
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さっそく塩茹でして食べたら甘い!何もつけないでも美味しい!病み付きになりそう・・・
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アカバナサヤエンドウが可愛らしい花をつけていた。スイトピーの仲間なそうだが、花を見たくて植えたが成功!畑の先生に怒られソー
by yoko1939 | 2011-06-22 23:47 | 食と農 | Comments(0)

母の入所施設で公園で昼食交流会

母親がお世話になっている施設のユニットで入所者と家族が一緒に中央公園で交流昼食会が行われ参加した。
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面会に行くたびに車椅子で施設の建物の周りを散歩してくるのだが、外出したのは何年ぶりのことだろう?
天気は最高!日影は涼しく西風が心地よく、ピクニック気分で久しぶりで母と一緒の食事は楽しかった。本人は話も出来無いのだが、いつもより表情が柔らかい。

ユニットの入所者寝たきりの方含めて10人全員参加でびっくり・・・ここまでたどり着くのにスタッフの皆さん大変だっただろうナ・・・

施設に入るまで寝たきりだった母が外出までさせてもらって・・・スタッフのみなさんに感謝・感謝の日だった。
by yoko1939 | 2011-06-20 23:13 | 木木レポート | Comments(0)

南仙北2・3丁目小鷹公民館で、東日本大震災支援チャリティバザー

鈴木努市議の地元南仙北2・3丁目町内会の小鷹公民館が主催し、町内会、医療生協仙北支部、日本共産党鈴木努事務所などが共催し、東日本大震災支援チャリティバザーが開かれた。私も鈴木努事務所の一員としてフリーマーケットのお手伝いをし前日から値段付けから今日は売り子さんだ。
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小鷹公民館の中で、地元町内会の方々から品物が沢山寄せられフリーマーケットが行われ、格安の値段を見て喜んで買い求める方次々訪れていた。小学生の男の子が明日の父の日に贈るとかばんを買ってくれ、おまけつきで安くしてあげた。
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外の広場では、餅つきが行われ鈴木努議員も腕を振るった。
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医療生協では骨密度測定が行われ、私も測定してもらったらハナマルをいただいた。
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子どもコーナーも大盛況だった。

終日多くの方々の協力で賑わい大成功だった。益金と募金で16万円を超えたと言う。今回の取り組みでみんな何かしなければ・・・したい!という気持ちいっぱいということが伝わってくる取り組みだった。

7月3日には、義捐金をもって餅つき、小鷹さんさ踊りで山田町の避難所暮らしの方々を訪問することにしている。
by yoko1939 | 2011-06-18 21:54 | 木木レポート | Comments(0)

大震災の復興も野菜の成長のように・・・早く!

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畑の先生からバジルを植えた。でも・・・こんなに植えて活用できるかな?今年は家の周りにもいろんなハーブを植えたのだが、どうやらハーブは長生きできるようだ。いっぱい食べようっと。
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驚き!!スナップエンドウに花が咲き小さな実がついていた。
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ピーマンは花が咲いていた。
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カブもぎっしり・・・
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大根も大きくなっていた。種の蒔き方大胆過ぎたかな・・・。

つい先日種を蒔いたばかりなのに・・・野菜の成長は早い。大震災の復興もこんなに早く進めばいいのに!
by yoko1939 | 2011-06-14 21:44 | 食と農 | Comments(0)

野菜から元気をもらう

癒しの畑へ・・・日照り続きでどうなっているのかな・・・
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「こんなに遅く蒔いたってムリだ」と言われていたアカバナサヤエンドウも
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スナップエンドウもすくすく成長してくれていた。うれしい・・・
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ジャガイモも大きくなっていた。土盛りをしたら少し畑らしくなった。おばちゃん先生が「土を動かしていると雑草が生えないんだよ」と教わっているのだが・・・。

野菜から元気をもらっている・・・この元気被災地にも届けたいナー
by yoko1939 | 2011-06-09 21:39 | 食と農 | Comments(0)

陸前高田市へ支援物資を届ける。瓦礫の町に言葉なし・・・

日本共産党藤倉陸前高田市市議に電話してみた。「陸前高田は何も無くなった。何も無いのが高田だ。来て見て自分のところでどんな町づくりをしたらいいのか考えてほしい」と言われホッとして高田行きを決めた。私に何が出来るのだろう?と考えてばかりから脱出したい・・との思いだった。

鈴木努市議を先頭に、日本共産党仙北後援会のみなさんと支援物資を車2台に詰め込んで出発。急なお願いにも関わらず青果市場の中卸さんから、キャベツ3箱、長いも2箱、大根やたまねぎなど乗用車いっぱいのご協力いただいた。理容店からはハンドリーム70個やシャワーブラシ等々、医療生協からはミルクや紙パンツなどぎっしりだった。

どうしても会いたい人が・・・2月に戸羽市長にバトンタッチした中里長門前陸前高田市長。2期8年間共産党員市長として市民本位の市政を貫いてがんばってきた。体調崩して8年間副市長として中里さんを支えてきた戸羽さんにバトンタッチできた。お会いして「8年間ありがとう」と言いたかった。こんな時に・・と思ったが
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花束を持っていった。お元気に私達を迎えてくれた。幸いにも無事だった山手のお宅に上がりこんでおしゃべりしてきた。

「宮城沖地震の県のシュミレーションでは体育館まで津波は来ない予想で避難所に指定していたのが今回そこに避難した人達が津波に飲み込まれてしまった。市長としては・・・」と声をつまらせた。「関係者からの何十年もの要望だった野球場を建設し、
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3月15日に完成の予定だったのに流されてしまった。悔しい」「県立高田高校に年30万円の補助を出しているが、地元の高校を自治体として支えたいと思ってやった。なんとしても高田に高校を残したい」などなど市民のみなさんの要望を実現させてきた市政の話に感動した。

2月の市長選は、民主党の相手候補には小沢一郎衆院議員、達曽知事、民主党の県会議員が連日押し寄せた市を二分する激戦だった。戸羽陣営は市民のみなさんと一緒に戦い勝ち抜いた市民の勝利だった。「小沢さんは選挙には乗り込んできたのに大震災後1回も来ていない」と憤慨していた.まったくだ!震災現場に気もしないで永田町で何してるんダー!!
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市役所は屋上まで津波が押し寄せ、職員も臨時を入れて100人の死亡、行方不明者が出た。震災後避難所は行政の手が行き届かなかず一部に「市役所何してる」の声もあがったが、圧倒的な声は「市役所も大変だ自分達で何とかしよう」と自主的に運営している。「8年間の市民と一緒の市政を作り上げて来たことが力になっている」と話していた。

市議選にむけてとても良い話をきかせてもらった。中里さんの家は津波は免れたが、まだ電話が通じない、水道はとまったまま、毎日の買い物はお店が全然無いので隣町まで出かけるという。家が残った人たちも被災者なのだー。

鳥羽市長を当選させた市民の会と日本共産党陸前高田市委員会が共同で青空市を休日なしで開いている。支援物資を自由に自分で選んで気兼ねなくもっていける仕組みにしている。プレハブが3棟、簡易トイレも設置している。被災者の方々もひっきりなしに訪れ品物を選んでいる。もって行ったハンドクリームは早速並べられて「1人1個」でほとんどの人が手にしていた。車からおろし始めた野菜にも人だかりになった。見ていてうれしかった。
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支援物資を持っていったものがすぐに被災者の手に渡るのが目に見えることで「物資を持ってきて良かった」と実感できた。しかも「来る人は拒まず」で自宅や仮説住宅の人も訪れると言う・・・この仕組みが出来たのも市民本位の政治の成果なんだなー

大阪や京都からもボランティアが来てがんばっていた。頭が下がる。「また来るからね」約束して青空市を後にしてきた。

新婦人しその実班の方は、毎年広田の漁師さんか。「らわかめを仕入れ母親大会の財政活動をしており、その方が被災して親戚の家に避難しておられ支援物資をもってお見舞いに行かれた。
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鈴木努議員と私は広田保育園へお邪魔した。こんなところまで・・と思うような高台だったが、床上50センチまで津波が来たという。「危ない!」と裏山に子ども達を避難させて無事だったという。本当に良かったねーと説明してくださった保育士さんと喜んだ。

行き帰り高田の中心地を通過したが、藤倉議員の「何にもないのが陸前高田だ」と言われたことが思い浮かんだ。建物で残っているのが鉄筋の建物だけ・・・しかも市役所の4階まで窓は無くなっている。
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市役所前で下車し、もって行ったお花を捧げ手をあわせてきた。枯れたお花がいくつか捧げられて、お線香も手向けられていた。及川市議や女性運動でご一緒だったOさんの顔が浮かんだ・・・

一面に瓦礫にうまった町を見て言葉が出ない!これからどうするのか?どうしたらよいのか?自問自答。「いらない物はない。何でもいいです」と青空市でがんばっている吉田まちこさんの言ったことを思い出した。とにかくできることを続けよう!!!と誓った。

支援物資をいただいた方にも報告し喜んでもらった。
by yoko1939 | 2011-06-04 22:02 | 木木レポート | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


by yoko1939
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