パンフレットによれば「上田かいわいは江戸時代、奥州街道沿いにあり、城下の北の関門とされていました。そのため、上田組町や上田三小路(上田小路・与力小路・上田三小路)の通りには、警備にあたっていた同心たちが住んでいた武家屋敷が並んでいました。したがって商家は少なく、その周辺は田圃ばかりでした」とあった。
北の惣門は土を盛り上げて設置されていたようだ。いまの大河ドラマの吉田松陰は東北遊学の際、ここから城下に入り上の橋を渡って紺屋町の村井家を訪れている。
展示されている資料を見てて面白かったのは、東北で初めての盛岡高等農林学校ができる時、誘致合戦があったらしい。上田かいわいからの請願書は1899(明治32)年12月に、鉈屋町からは1900(明治33)年1月に請願書が提出されていた。たった1か月の違いだった・・・・・
2月15日まで 入館料は300円だが65歳以上の方は保険証や運転免許証など証明するものがあれば無料となる。