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歴史てくてく㉛   正月の伝統行事「裸参り」

盛岡の裸参りは、112日、虚空蔵堂(こくぞうどう)を皮切りに、

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113日、酒買地蔵(さけかいじぞう)、114日、教浄寺(きょうじょうじ)、115日、盛岡八幡宮、120日、浅草観世音、126日、桜山神社と続く。

いつから始まったかは定かではないが、盛岡藩政時代に教浄寺の本尊「お阿弥陀さん」の年越祭に、除災招福、五穀豊穣を祈願したものが始まりで、旧年の厄を取り除き新年の福を招くという民俗信仰を曳くものだという。幕末から明治維新の混乱期にすたれてしまったが、日露戦争前に復活し、参詣先が八幡宮に代わり、武運長久を祈願するものになった。大正時代には、本来の民間信仰行事に復したが、昭和には、満州事変から第2次世界大戦には再び戦時色に覆われ、日の丸の鉢巻きを締め、日章旗を裸の肩にかけての参詣だったという。

昭和四八年発行の「もりおか物語」-八幡町かいわいーで、明治二十九年生まれの海沼さんが語っている「日露戦争のときの裸参りが忘れられながンすな。おやじが戦争サいったので、ガンゼない七ツ八ツの子どもたちまで裸になって、おふくろが手を引いて“武運長久”祈願のため裸参りをしたもンですよ」とー。

戦後混乱期に再び中断したが、昭和二十五年復活し、それぞれの寺社の年越祭に、盛岡市消防団の分団が伝統を重んじた正月行事として現在に引き継がれてきた。

裸参りの行列は、先頭に団旗を掲げ、纏、献膳、ハサミ持ちの順に裸の男たちが一列縦隊にゆっくりと進む。

装束は、頭に晒木綿をたたんで鉢巻きをする。口には白紙を三角にたたんだくわえ紙をする。吐く不浄な息を清める意味があり、寒さ防止に唐辛子を包んでいる。晒一反を腹に巻き、背には注連―シメー(ごぼう)を背負い、腰にはけんだい藁を垂れ、素足にわらじを履く。裸参りは、夕方の寒くなる時間帯に行われ、「寒参り」ともいわれ、勇敢な若者たちが挑戦してきた。歴史を振り返りながら、平和な時代の中で裸参りが続くことを願ってやまない。(浦川陽子)


by yoko1939 | 2018-01-14 20:38 | 歴史てくてく | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


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