<   2018年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

盛岡でひな祭りの最後を飾った~仙北町の小さなひな祭り

鉈屋町の旧暦のひな祭りは14,15日40軒の町家を開放して賑やかに行われた。残念ながらカメラを忘れみなさんが頑張って展示したお雛様を写せなかった。

盛岡でもいろんなところでお雛祭りが行われてきたが、今年の最後を飾ったのが「仙北町の小さなひな祭り」だった。金沢家で見せていただいた。毎年お雛様が変わるので楽しみだ。

江戸時代末期の古今びな4体を中心に2部屋にいろんなお雛様が飾っていた。
e0122199_16030383.jpg
茶坊主はどんなおはなししてるのかな~
e0122199_16033356.jpg
館びなは組み立てに2日かかったという。
e0122199_16023329.jpg
竜宮城のお雛様は乙姫様がお留守だという。
e0122199_16040407.jpg
江戸時代からいろんな物語を繋いできたんだろう~とお雛様に聞いてみたい気分だった。

今年の旧暦の3月3日は、4月18日だ。盛岡では寒い時期を避け旧暦でひな祭りをやっていた。我が家は、せっこぎして町内の老人クラブで作った和紙を使ってのお雛様に2か月近くも頑張ってもらった。
e0122199_16011283.jpg
17日まで開かれている海野一枝人形教室のひな祭りに出かけた。生徒さんが制作した様々な人形がいっぱいだった!
e0122199_16015774.jpg
[
by yoko1939 | 2018-04-21 14:44 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)

中央公園の近くでキジを見た!

体力の落ち込みが激しく意を決して昨年12月から中央公園の散歩を始めた。
雨には負けたが、雪が積もっている中や、風にも負けず、無理をせず週2回程度、3千から5千歩。
体力回復が見え始めて、何とか続けて来た。

忙しくて10日ぶりに出かけた。春が駆け足でやってきていることを実感!
e0122199_22192961.jpg
梅やこぶしが満開で岩手山がより美しく見える。早咲きの桜や十月桜も咲いていた。
e0122199_22192304.jpg
近くに残っている雑木林でキジを見つけた!!以前はここ一帯がで田んぼでキジも沢山鳴いていた。
大きく変わってしまった盛南開発の地域で残る自然にホッとする。

by yoko1939 | 2018-04-19 22:43 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)

歴史てくてく㉜ 145年目を迎えた仁王小学校の明治期

ピカピカの新1年生は、東日本大震災をお母さんのお腹の中で体験し混沌といている時に誕生した。今年145年目の県下最古の仁王小学校には50人が入学した。

現在中央通り1丁目北日本銀行本店隣の日影門緑地周辺一帯に、江戸末期から明治初期まで盛岡藩校「作人館」があり、敷地面積は1920坪、建物は総檜造りだったという。

e0122199_22191682.jpg

その校舎を使って1873年(明治6410日日影門外小路第1番小学校として創立された。それから1947年(昭和22)4月1日仁王小学校と落ち着くまで、制度の改廃によって13回も校名が移り変わっている。

三田地敏夫氏著「仁王学校物語」によれば、1879年(明治12)に、市中の道路改正があり仁王小学校の真ん中を通り、廊下や教室が断ち切られその部分にはムシロをつるして風雨をしのんだという。さっそくあだ名がついて「ムシロ学校」呼ばれていた。これではひどいと仁王・上田両村の有志が相談し改築工事を行い、1881年(明治14)年11月に望楼付きの2階建ての洋風建築の学校が完成した。

当時、移転新築の話もあり「もりおか物語」内丸・大通りかいわいーに面白い話として載っている。岩手の自由民権運動の先頭に立って活躍していた鈴木舎定が明治12年2月発行の「盛岡新誌」に、仁王学校新築について意見を掲載している。移転新築しても立派な教師を雇わなければ立派な学校にならない。「学校を移して新築することは止め、今の学校を普請して、立派な教師を雇う算段をナサイマセ」と言っている。

この頃は「公立仁王小学校」との校名で生徒数は男247人、女19人だったというから、「女に学問はいらない」と言われていた時代だったのだ。

1910年(明治43)の大水害で中津川が大氾濫し、現在杜陵小学校の場所にあった城南小学校も流失し、生徒が仁王小学校に移り膨れ上がってしまった。市会で両校の移転新築を可決。四ツ家町裏(現在地)に1913年(大正2年)8月、田んぼの中の6600坪の敷地に総2階でコの字型のすばらしい近代建築の学校が完成した。9月には4日間休校し、生徒たちも何回も往復し引っ越しをしたという。

(浦川陽子)
by yoko1939 | 2018-04-19 22:23 | 歴史てくてく | Comments(0)

屋根より高いこいのぼり

太田を車で走っていら農家の軒先に「屋根より高いこいのぼり」が見えた。しかもバックは岩手山だー。
e0122199_21505085.jpg
最近は、屋根より高いこいのぼりを建てるところが少なくなってきた。この家の方に感謝だった。

by yoko1939 | 2018-04-17 22:18 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)

十月桜と四季桜は別物だった

昨日の岩手大学の十月桜・・・どうしても気になる。
大学のホームページを見たら「十月桜が開花しました」というお知らせに「お問い合わせは広報部へ」とあり、さっそく電話した。

「いつ植えられたのか?品種は何か?」と聞くと、しばらくして電話があり「調べたが、いつ植えたかわからない。八重咲きが十月桜で一重が四季桜だ」と教えていただいた。

十月桜の別名が四季桜だと思っていた・・・みなさんにも同じものと言い続けて来た。ごめんなさい( ^ω^)・・・

by yoko1939 | 2018-04-17 22:10 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)

岩手大学理工学部の十月桜が5分咲き

昨年春、岩手大学植物園をぶらぶらしている時、害虫被害を見に来ていた教授らしき人にあい、「工学部の十月桜が満開で綺麗です」と勧められたが見に行かなかった。とても気になっていたので1年ぶりに出かけてみた。

理工学部の正門を入ってビックリー見事!!大きい!しかも古木だ。普段目にしている十月桜とは違う!
e0122199_22331800.jpg
花も大きいし色も濃くきれいだと思ったら八重咲だという。満開になったら素晴らしいだろう・・待っていたい気分だった。
e0122199_22332544.jpg
小学校時代学校前の大慈寺の原敬の墓前に2本の桜が咲いており、春と晩秋に咲く桜が珍しく、よく見に行っていたが木は大きくならず、花も優しかった。思い出深い十月桜は四季桜ともいわれている。



by yoko1939 | 2018-04-16 22:56 | 盛岡を楽しむ | Comments(0)

盛岡のまちと暮らし、岩手の自然を楽しむレポート


by yoko1939